「祥子さん、違うんです。私と上村くんは本当はそういう関係じゃなくて……」
「え? そうなの」
「本当です。それなのに私ったらお話を全部聞いてしまって……。本当にごめんなさい」
 頭を下げる私に驚いたのは一瞬で、祥子さんはすぐに顎に手をあて「うーん」と考え込んでしまった。
「本当に、そうなのかなあ?」
「え?」
 今度は私の方が驚く番だった。しかし祥子さんは首を傾げ、まだ考え込んでいる。
「だって香奈さんと一緒にいた時の達哉、香奈さんのことが心配で仕方ないって感じだったわよ」
「それは……たぶん同情だと思います。かっての自分と同じように、病気の母親を抱える私への同情っていうか……」
 祥子さんの話を聞いた今となっては、もうそれは、確信に近い。
あの夜のことだってそうだ。かつての自分と同じように、家族を失いかけている私のことを放っておけなかっただけだろう。上村が普段隠している、彼本来の優しさには、私だってとっくに気がついている。
「本当にそれだけなのかしら? さっき私、『達哉は感情を表に出さない』って言ったけど、あの夜の達哉はなんだか違ったの。あなたのこと、心底心配していたと思うわ。あの子、あなたが傷つかないように必死だったと思う」
「……そうでしょうか」
 母のことがあった夜、私は自分のことだけで精一杯だったから、上村がどんな様子だったかなんて覚えていない。祥子さんは、あの日の上村の優しさは、普段とは違う何か特別なものだったとでも言いたいんだろうか。
「こんなこと私が言うべきことじゃないんでしょうけど。香奈さん、達哉のことを諦めないでいてあげて」
 ああ、やはり祥子さんは気付いてるんだ。上村の気持ちはともかく、私が上村に惹かれていることを。
「あなたなら、達哉の頑なな心を解きほぐしてあげられるかもしれない。達哉のことを誰よりも理解してあげられるかも……」
「そうなれたらいいんですけど……」
 上村が構える壁は頑丈だ。私にそれを少しずつ崩すことができるんだろうか?
「焦らなくていいの。お互い長期戦でいきましょうよ」
 そう言って祥子さんは私に笑いかけた。彼女の笑顔は力強くて、折れそうな私の心を温かく照らしてくれた。胸の奥に微かな希望が湧いてくるようだった。