「昔からそうなの。仕事が忙しいお義兄さんに代わって姉を助けて、弟……直人(なおと)っていうんだけど、その面倒も見て、子供らしいわがままを言ってるとこも見たことない。見兼ねて私も『それで疲れないの?』って聞いたことあるんだけど、あの子『別に』としか言わないのよ。絶対に自分の感情を表に出さないの」
「それは……そうですね、今でも同じです」
 少しの感情も覗かせずに、口癖のようにそういう上村が脳裏に浮かぶ。私だって、これまで何回も上村の口からその言葉を聞いた。その度に上村の本心が見えなくて苦しくなる。
「四年前姉が亡くなったときもそう。病院から姉が危篤だって連絡があった日、達哉は今の会社の最終面接があって、病院よりまずそっちに向かったの。面接はうまくいったらしいけど、結局姉の最期に間に合わなくて。
姉もお義兄さんも達哉にはとても期待してたから、たぶん達哉は少しでも早く就職を決めて姉を安心させたかったんでしょうけど……葬儀の席で、母親より自分の就職を優先させたことを直人に散々責められたの。親族の前で『兄さんは冷たい』って詰め寄られても、あの子一言も言い返さなかった」
「……ひょっとして、上村くんと弟さん今でも?」
 上村が自分のことを何も語ろうとしないのは、そのせいなんだろうか。
「ええ、未だに仲違いしたままなの。この前だって、達哉ったら姉の法事に顔も出さなくって。だから私、わざわざ達哉の会社まで説教しに行ったのよ。仲のいい兄弟だったから、このままでいいと思ってるはずないんだけど……」
 祥子さんの話に愕然とした。やはり私なんかが聞いていい話ではなかったのではないだろうか。上村の心の傷は、私の想像なんてはるかに越えるほど深い。
「ねえ、三谷さんからも達哉のこと説得してくれないかしら? 誤解を解いて直人と仲直りするように」
「私が、ですか?」
「ええ、達哉だって私はダメでも恋人の言うことなら素直に聞くんじゃない?」
「それは……」
 やっぱり、祥子さんは私と上村のこと誤解していた。勘違いしていると薄々わかっていたのに、関係のない私が上村のプライベートの話を聞いてしまったなんて、今さらながら申し訳なく思えてくる。