母の病室を出て、一階にある待合室へと向かう。すでに受付もクロークも閉じられていて、フロアの照明はほとんどが落されていた。
周りを注意深く見回しながら奥の方に歩いて行くと、待合室の一番奥、白っぽい光を放つ自動販売機の前に、缶コーヒーを持った土井さんが立っていた。
纏めていた髪を下ろして、ナース姿の時とはまた違った印象だ。肩下まである、緩いウエーブのかかった髪が、鼻筋の通った、すっきりとした顔立ちにほどよい甘さを加えている。
全体の印象は違うけれど、顔を見れば、やはり上村に似ているな、と思った。
 それにしても、私に何の話があるのだろう。土井さんの姿を見つけて俄かに緊張した私は、いつの間にか手のひらにうっすらと汗をかいていた。
「土井さん、お待たせしてすみません」
「ああ、三谷さん。私も今来たところだから。申し訳ないんだけど、先に託児室に息子を迎えに行ってもいいかしら?」
「えっ、土井さんって子供さんいらっしゃるんですか?」
 私と大して年も変わらないように見えるのに、こうも違うのかと不思議な気持ちになる。
「ええ、今4才です。……うちの子、達哉の小さい頃と似てるの。可愛いわよ」
 そう言って口元を綻ばせる土井さんは紛れもなく母親の顔をしていて、私は勝手な想像と嫉妬で心を暗くした自分のことを恥ずかしく思った。
「上村くんって、本当に土井さんの甥御さんなんですね」
「ふふ、ひょっとして違うんじゃないかと思ってた?」
「はい、実は……」
「ママ!!」
 託児室の中から男の子が元気よく飛び出してきた。この子が土井さんの息子さんだろうか。確かにこの子も、くせのある髪と涼しげな目元が上村とよく似ている。
「お待たせ、拓海(たくみ)。ママちょっとこのお姉さんとお話があるから、あっちでジュース飲んで待っててくれる?」
「わかった! 僕、サイダーがいい」
「炭酸はだめよ。フルーツジュースにして」
「えー」
 ほっぺたを膨らませて、体全体で土井さんに抗議する拓海くんがかわいらしい。上村にもあんな頃があったのだろうか。
結局は土井さんの方が折れて、拓海くんはサイダーの缶を手に大喜びで中庭のベンチの方へに駆けていった。
「もうっ、拓海! そんなにはしゃぐと転ぶわよー」
「だいじょうぶー」
 拓海くんは一度立ち止まり、私たちに向かって大きく手を振ると、再び中庭に向かって走って行った。
「拓海くん、かわいいですね」
「元気すぎて、ついていけない時もあるけどね」
 中庭に着きベンチに腰掛けると、土井さんは夏の花々が咲く花壇の周りを走り回る拓海くんを愛しげに見つめた。