金曜日、いつものように定時で仕事を終え、母の病院を訪れた。
夕方の閑散とした待合室を通り抜け、さらに建物の奥へと進む。中庭に面した渡り廊下を抜け、回りをたくさんの木々に囲まれた静かな場所に、母がいるホスピス棟がある。
ナースセンターの看護師たちに挨拶をし、受付で面会記録に名前と入室時間を書き込んでいると誰かに後から声をかけられた。
「すみません。あなた、桜庭物産にお勤めですよね?」
振り向くと、私のすぐ後ろに薄いピンク色のナース服を着た看護師の女性が立っていた。見覚えがあるような気もするけれど、咄嗟に名前が浮かばない。
「はい……あの、失礼ですがどちらさまですか」
「突然申し訳ありません。私、上村達哉の叔母で、土井祥子と申します」
「上村くんの?」
間違いない、彼女は先日会社で上村と一緒にいたあの女性だ。
彼女が上村の叔母? それにしては、上村ともそんなに年が離れてないように見える。
「三谷です」
何が何だかわからないまま、とりあえず私も名前を名乗った。きょとんとしている私に、土井さんは笑いかける。
「驚かせてごめんなさい。実は一度、この病院であなたと達哉が一緒にいるところを見かけたことがあるの。それで、その時にピンと来て……」
私と上村が一緒に病院に来たのは、母が危篤状態に陥ったあの夜の一度きりだ。それをたまたま見かけるなんて……。
それに『ピンと来た』だなんて、ひょっとして土井さんは私と上村のこと、勘違いしてる?
「土井さん、違うんです。あの日はですね……」
「あっ、三谷さんごめんなさい。私から声をかけといて申し訳ないんだけど、今あまり時間がなくて。もしよかったら、お母様のお見舞いの後にでもちょっとお時間いただけませんか? 実は、あなたにお話したいことがあるんです」
「え、私にですか?」
「はい」
土井さんはにこにこと人懐っこい笑みを浮かべている。話って、やっぱり上村のことだよね……。
上村は、私が土井さんの名前を出した時、ひどく腹を立てた。ひょっとして彼女と話せば、その理由を知ることができるんじゃないだろうか。
……知りたい、上村のこと。上村がどうしてあんなに他人を拒むのか、その理由を知りたい。
私が好きな人は、一体何に傷ついているのかを知りたい。
本人もいないのにこういうことを訊くなんて、いけないことだとはわかってはいたけれど、私にはもうその気持ちを止めることができなかった。
「今日はもうちょっとで上がりなので、1階の待合室でお待ちしてますね」
「……わかりました。伺います」
気がつけば、私は彼女の言葉に頷いていた。
夕方の閑散とした待合室を通り抜け、さらに建物の奥へと進む。中庭に面した渡り廊下を抜け、回りをたくさんの木々に囲まれた静かな場所に、母がいるホスピス棟がある。
ナースセンターの看護師たちに挨拶をし、受付で面会記録に名前と入室時間を書き込んでいると誰かに後から声をかけられた。
「すみません。あなた、桜庭物産にお勤めですよね?」
振り向くと、私のすぐ後ろに薄いピンク色のナース服を着た看護師の女性が立っていた。見覚えがあるような気もするけれど、咄嗟に名前が浮かばない。
「はい……あの、失礼ですがどちらさまですか」
「突然申し訳ありません。私、上村達哉の叔母で、土井祥子と申します」
「上村くんの?」
間違いない、彼女は先日会社で上村と一緒にいたあの女性だ。
彼女が上村の叔母? それにしては、上村ともそんなに年が離れてないように見える。
「三谷です」
何が何だかわからないまま、とりあえず私も名前を名乗った。きょとんとしている私に、土井さんは笑いかける。
「驚かせてごめんなさい。実は一度、この病院であなたと達哉が一緒にいるところを見かけたことがあるの。それで、その時にピンと来て……」
私と上村が一緒に病院に来たのは、母が危篤状態に陥ったあの夜の一度きりだ。それをたまたま見かけるなんて……。
それに『ピンと来た』だなんて、ひょっとして土井さんは私と上村のこと、勘違いしてる?
「土井さん、違うんです。あの日はですね……」
「あっ、三谷さんごめんなさい。私から声をかけといて申し訳ないんだけど、今あまり時間がなくて。もしよかったら、お母様のお見舞いの後にでもちょっとお時間いただけませんか? 実は、あなたにお話したいことがあるんです」
「え、私にですか?」
「はい」
土井さんはにこにこと人懐っこい笑みを浮かべている。話って、やっぱり上村のことだよね……。
上村は、私が土井さんの名前を出した時、ひどく腹を立てた。ひょっとして彼女と話せば、その理由を知ることができるんじゃないだろうか。
……知りたい、上村のこと。上村がどうしてあんなに他人を拒むのか、その理由を知りたい。
私が好きな人は、一体何に傷ついているのかを知りたい。
本人もいないのにこういうことを訊くなんて、いけないことだとはわかってはいたけれど、私にはもうその気持ちを止めることができなかった。
「今日はもうちょっとで上がりなので、1階の待合室でお待ちしてますね」
「……わかりました。伺います」
気がつけば、私は彼女の言葉に頷いていた。