「誰なんだろう。なんか気になるー。休憩時間中だし、仕事の相手とは限らないですよね。ひょっとして……彼女とか? でも、ちょっと人妻っぽい気もするしなあ」
 ゴシップ好きの響子の目が爛々としている。今にも上村に突撃しそうな勢いだ。
「ちょっと、止めなよ響子」
「どうしてですぅ? 三谷さんは気にならないんですか?」
「気にならないっていうか……」
 そう響子に言った瞬間、たまたま顔を上げた上村と目が合った。彼は私を見つけると、わずかに眉をひそめた。私はそんなつもりで見ていたんじゃないのに、いちいち詮索するなと言われたような気になる。
「別に、気にならないわ」
 そうだ、私がそんなこと気にしたって仕方がない。いくら私が心配したところで、肝心なところで結局上村は私を拒むのだ。どこか投げやりな気持ちで上村たちに背を向け、私はエレベーターの方へと歩き出した。
「あ、三谷さん。ちょっと待ってくださいよぅ!」
 追いかけてくる響子のことは振り返らずに、私はちょうど降りてきたエレベーターに乗り込んだ。響子も慌てて私に続く。
「祥子さん!!」
 閉まりつつあるエレベーターの扉の向こうから、確かに上村の声が聞こえた。
 エレベーターが上昇を始める。全面ガラス張りのエレベーターから、さっきの女性を追う上村の姿が見えた。忘れ物でもしたのだろうか。上村がその女性を引きとめ、何か手渡しているのが見える。そしてすぐに、私の視界は壁に遮られた。
 何かが引っかかる。私はエレベーターの階数表示の灯りをぼんやりと見つめこのひっかかりを思い出そうとしていた。
「祥子? 祥子ってどこかで……あっ!!」
「な、何? 三谷さんどうかしたんですか? そんな大声出して」
「ごめん、なんでもない。今日の午後に一件やらなきゃいけないことがあったのを、今思い出したの」
 仕事の話で誤魔化すと、響子はホッと息を吐き出した。
「なんだあ、いきなり驚かさないでくださいよ」
「ホントにごめん」
 響子に謝ったところで、ちょうどエレベーターがオアシス部がある三階に着いた。
「あ、じゃあまたね響子」
「はーい、おつかれさまです」
 響子に手を振って、エレベーターから降りた。
 ……思い出した。先日、不在の上村宛に電話を掛けてきた女性。彼女は確か『土井祥子』と名乗った。
そして私の部屋で上村が不機嫌になったのは、私があの女性の名前を出してからだ。彼女は一体何者なんだろう?
 響子には「気にならない」と言ったばかりなのに、上村と土井さんのことが、もう頭の中を回りはじめている。
たとえ私が勇気を出して、上村に土井さんのことを尋ねても、あの時のように「関係ない」と冷たく返されるのがオチだろう。
 それまで1階に留まっていたエレベーターの階数表示が、1、2と順々に赤く灯りだした。上村が戻る前に、オアシス部に戻らなくては。なんとなく今は、顔を合わせたくない。
エレベーターの到着音が聞こえる前に、私は急いでその場を離れた。