「三谷さーん、久しぶりのランチなのに、何ぼーっとしてるんですかぁ」
「あ、響子ごめん。で、なんの話だっけ?」
「だから、美奈子ですよ。美奈子!!」
 私は久しぶりに響子に誘われて、会社近くのカフェへランチに来ていた。
響子が私を外ランチに誘うときは、たいてい何か聞いてほしいことがあるときだ。
「そうそう、美奈子のことだったわね。それで、そんなにひどいの?」
「もうホント、ひどいなんてもんじゃないですよ!」
 私が訊くと、響子はテーブルに両手をついて身を乗り出して来た。反動でグラスの水が波打つ。
「三谷さんが異動した途端、自分がリーダーみたいな顔してばんばん仕事回してくるし。ホント冗談じゃないです!」
 私と上村がオアシス部へ異動したての頃は、美奈子があちこちに八つ当たりをして、部内はかなりぎすぎすしていたらしい。
 それが最近になってようやく落ち着いてきたと思ったら、今度は美奈子が急に張り切って仕事をし出したという。まあ仕事と言っても、響子が言うには主に『仕切ること』らしいけれど。
「ふうん、あの美奈子がねえ。でもいいことじゃないの」
 少しでも楽をしようと、仕事をサボることばかり考えていたあの頃の美奈子に比べたら、仕事に興味を持つだけでも大進歩だ。
「良くないですよ。美奈子がどんどん仕事を押しつけてくるせいで、最近私、毎日残業ですよ!?」
 響子はまだまだ話したりないみたいだったけれど、そろそろ戻らないと昼休みが終わってしまう。渋る響子を何度も急かして、会社まで歩いて5分の道のりを駆け足で帰った。
「もうっ、ごはん食べたばっかりなのにぃ」
「それは……こっちのセリフよ」
 会社のロビーで一度立ち止まり、響子と上がった息を整えた。頑張って走ったおかげで、なんとか間に合った。
「ねえねえ三谷さん、あれって上村くんですよね?」
「え?」
 響子の視線を追うと、広々としたロビーの端に、一人の女性と話し込んでいる上村がいた。
「一緒にいる人、誰だろう。見かけない方ですよね。仕事関係って感じでもなさそうだし……」
 私たちに背を向けて立っている女性は、ブラックのツーピース姿だった。パッと見た感じ、フォーマルスーツのように見える。
年齢は、私よりも少し上くらいだろうか。凛とした横顔が印象的な、美しい女性だった。