「え?」
 ストレートな言葉に、私は思わず岩井田さんの顔をじっと見返した。
「言ったでしょう、僕はあなたを買ってるんです。あなたは常に僕の状況を把握していて、先回りをして僕が動きやすいようにお膳立てしてくれている」
「でもそれって特別なことではないですよ? 補佐なら営業が仕事をしやすいように環境を整えるのは当然ですし……」
 あまり褒められ慣れてないせいか、岩井田さんの言葉がこそばゆくて仕方ない。
「そうかな? 何でもカバーできるなんて、そうそうできることじゃないですよ。それに三谷さん、得意先のことも独自に調べていらっしゃるでしょう。あなたがさりげなく示してくれる情報に、僕はどれだけ助けられているかわからない。あなたを手に入れられるなら、僕はいくらでも待ちます」
「岩井田さん……」
 こんな風に面と向かって自分の仕事ぶりを褒められるなんてこと、今まであっただろうか。鳴沢さんとのことがあってから、会社での私はずっと厚かましいお局としか思われてなかった。
感激して言葉がうまく出てこない。何よりも岩井田さんは私の仕事振りを評価してくれている。そのことに大きく心を動かされた。
 ……それでも、やはり母のことが脳裏によぎる。
「そんな風に言っていただけるなんて嬉しいです。でも、やっぱり母のことを考えると……」
「三谷さんはお母さんのことをとっても大事に思っていらっしゃるんですね。でも、三谷さんの人生は他の誰のものでもない、三谷さんのものです。もう少し、自分のために生きることを考えてもいいんじゃないですか」
「私のため……」
「そんなに結論を急がなくても。しばらく考えてみてください。ね?」
 岩井田さんは、まだ最初のビールが残ったグラスを持ち上げ、再び乾杯をするようなポーズをした。私も、彼に合わせてグラスを持つ。
 ――心が揺さ振られる。
 その日、岩井田さんの言葉が、いつまでもいつまでも私のなかでリフレインしていた。