「ちなみに、今三谷さんを躊躇させているものは何?」
「それは……」
「よかったら、聞かせてもらえませんか」
岩井田さんにも、話した方がいいのだろうか。母のことは、まだ館山部長と上村にしか話してはいない。
「絶対に口外はしませんので、三谷さんさえ良かったら。何か力になれるかもしれないし」
岩井田さんの人柄は、私もよくわかっている。私は誰にも口外しないと言う彼を信用することにした。
「実は、母が入院していまして」
「ご病気ですか?」
「末期の癌で、お医者様には長くはないと言われています。家族は私しかいないので、できる限り母のそばについていてあげたいし。あとは金銭的な面でも……」
「なるほど、今の会社にいれば安定はしていますもんね」
「そうなんです」
私の話を聞き終えると、岩井田さんは組んだ両手にあごを載せ、しばらく考え込んだ。
いくら岩井田さんだって、こんな厄介な事情を抱えた人間を引き抜こうとは思わないだろう。私は話を無かったことにされても仕方がないと思っていた。
「……わかりました。何か困ったことがあったらいつでもおっしゃってくださいね。お返事はまた後で構いませんので」
それなのに岩井田さんは、私の話に全く動じる様子がない。
「あの、このお話無かったことにしてくださって大丈夫ですよ? 私なら構いませんので」
「どうして? 僕の話に何か気に食わないことでもありました?」
「いえ、そんなんじゃないです。そうじゃなくて……こんな事情があったら、普通はお断りされるんじゃありませんか?」
岩井田さんはまた眼鏡のブリッジを持ち上げ、ふっと微笑んだ。
「僕が? まさか。そんなことはしませんよ。僕は三谷さんがいいのに」
「それは……」
「よかったら、聞かせてもらえませんか」
岩井田さんにも、話した方がいいのだろうか。母のことは、まだ館山部長と上村にしか話してはいない。
「絶対に口外はしませんので、三谷さんさえ良かったら。何か力になれるかもしれないし」
岩井田さんの人柄は、私もよくわかっている。私は誰にも口外しないと言う彼を信用することにした。
「実は、母が入院していまして」
「ご病気ですか?」
「末期の癌で、お医者様には長くはないと言われています。家族は私しかいないので、できる限り母のそばについていてあげたいし。あとは金銭的な面でも……」
「なるほど、今の会社にいれば安定はしていますもんね」
「そうなんです」
私の話を聞き終えると、岩井田さんは組んだ両手にあごを載せ、しばらく考え込んだ。
いくら岩井田さんだって、こんな厄介な事情を抱えた人間を引き抜こうとは思わないだろう。私は話を無かったことにされても仕方がないと思っていた。
「……わかりました。何か困ったことがあったらいつでもおっしゃってくださいね。お返事はまた後で構いませんので」
それなのに岩井田さんは、私の話に全く動じる様子がない。
「あの、このお話無かったことにしてくださって大丈夫ですよ? 私なら構いませんので」
「どうして? 僕の話に何か気に食わないことでもありました?」
「いえ、そんなんじゃないです。そうじゃなくて……こんな事情があったら、普通はお断りされるんじゃありませんか?」
岩井田さんはまた眼鏡のブリッジを持ち上げ、ふっと微笑んだ。
「僕が? まさか。そんなことはしませんよ。僕は三谷さんがいいのに」