「今日はお二人ともお客様なんですから。さあこちらへどうぞ」
 店の奥へと進む比良さんについていく。私と上村が通されたのは、窓からお店の中庭が見えるこじんまりとした個室だった。
「混んでいるのに、なんだか申し訳ないね」
「そうですね」
 比良さんのあの握手といい、わざわざ用意していてくれたこの個室といい、比良さんは上村のことをとても気にいっているように見えるのに、上村はどうしてこのレストランとの契約にあんなに手こずっていたのだろう。上村と食事をする間も、ずっとそのことが気になっていた。
 食後のデザートとコーヒーは比良さんが直々に運んできてくれた。シンプルなガラスの器の中の艶やかな果肉に目が釘付けになる。
「デザートはグレープフルーツのマリネです。どうぞ」
 真っ白なブランマンジェの上に、ピンクと薄い黄色のつやつやとしたグレープフルーツが交互にのっている。その内の一欠片を私はスプーンで掬い頬張った。
「あ、おいしい!」
「それはそれは、ありがとうございます」
 比良さんはまたしても太めの眉を下げ、ニコニコしている。
ああ、この人は本当に料理が好きで、料理で人を喜ばせたいんだな。比良さんの笑顔は、そのことをうかがわせる生き生きとした笑顔だった。
「お料理は任せてくださいましたけど、デザートだけは上村さんからのリクエストで。本当はメニューにないものなんですけど、急遽作ったんですよ」
 そう言って比良さんは私にウインクをする。
「えっ、わざわざ?」
 上村は私の言葉には答えず、黙々とデザートを口に運んでいる。
「そんなことくらい、上村さんが僕にしてくれたことに比べればお安い御用ですよ。ここでの仕事にやりがいを感じられなくなっていた僕を救ってくれたのは上村さんですから」
「……どういうことですか?」
 上村は相変らず涼しい顔でコーヒーを口に運んでいる。わけがわからずにいる私に、比良さんは続きを話し始めた。