「用意できました?」
「まあ、一応」
母の病院から、いったん部屋へ戻り、一時間くらいたった頃。コツコツと玄関のドアを叩く音がした。
上村相手にうだうだ悩んでも仕方がない。そう思った私は、結局無難にワンピースを選んだ。白地に黒の小花柄がプリントされた、シンプルなデザインのものだ。
マンションの前に停めてあった上村の車に、二人して乗り込む。車窓から、週末の街を行き交うたくさんの人々が見えた。
「先輩もそういう格好するんですね」
信号待ちで車が停まった隙に、上村が私をちらりと横目で盗み見た。
「上村がどこに連れてくのか教えてくれないから。こういうのが一番無難でしょう?」
「はは、それはすみません。でもよく似合ってますよ、可愛いです」
「……そんなこと言っても何にも出ないわよ」
「何だ、言って損した」
軽口を叩く上村を軽く睨む。別に私だって、上村の言葉を本気にしているわけじゃない。いつの間にか私も、上村とのこういうテンポのいい言葉のやり取りを楽しめるようになっていた。
上村はこうやって少しずつ私の心の中に入り込んでくる。そして私はそのことを心地良く感じている。
それはもう私自身、認めざるを得ないことだった。
繁華街への入り口近くにあるコインパーキングに車を停めると、上村は人通りの多い交差点の方に向かって歩き出した。
「ねえ、いったいどこに行くの?」
スクランブルの交差点は大勢の人々で溢れていた。上村とはぐれてしまわないように、私は彼の背中を必死で追いかけた。
上村は歩くのが早くてなかなか追いつけない。後ろにいる私のことを振り返りもしない。
今日の上村はなんか変だ。いつもなら、素の時でも私に気を遣ってくれるのに。
私を構わない上村のことが、却って不自然に思えた。
「飯、おごります」
交差点を渡りきり、アーケード街に入ったところで、ようやく上村が口を開いた。それでもやはり上村は前を向いたままで、私の顔を見ようとしない。
「どうしたの、急に」
「いつもの家飯のお礼」
そう言うと上村は歩くスピードを上げ、また私との距離を開いてしまう。
ひょっとして、照れてるとか? いや、あの上村に限ってまさか。
結局私はレストランに着くまでの間、一度も上村の表情を確かめることができなかった。
「まあ、一応」
母の病院から、いったん部屋へ戻り、一時間くらいたった頃。コツコツと玄関のドアを叩く音がした。
上村相手にうだうだ悩んでも仕方がない。そう思った私は、結局無難にワンピースを選んだ。白地に黒の小花柄がプリントされた、シンプルなデザインのものだ。
マンションの前に停めてあった上村の車に、二人して乗り込む。車窓から、週末の街を行き交うたくさんの人々が見えた。
「先輩もそういう格好するんですね」
信号待ちで車が停まった隙に、上村が私をちらりと横目で盗み見た。
「上村がどこに連れてくのか教えてくれないから。こういうのが一番無難でしょう?」
「はは、それはすみません。でもよく似合ってますよ、可愛いです」
「……そんなこと言っても何にも出ないわよ」
「何だ、言って損した」
軽口を叩く上村を軽く睨む。別に私だって、上村の言葉を本気にしているわけじゃない。いつの間にか私も、上村とのこういうテンポのいい言葉のやり取りを楽しめるようになっていた。
上村はこうやって少しずつ私の心の中に入り込んでくる。そして私はそのことを心地良く感じている。
それはもう私自身、認めざるを得ないことだった。
繁華街への入り口近くにあるコインパーキングに車を停めると、上村は人通りの多い交差点の方に向かって歩き出した。
「ねえ、いったいどこに行くの?」
スクランブルの交差点は大勢の人々で溢れていた。上村とはぐれてしまわないように、私は彼の背中を必死で追いかけた。
上村は歩くのが早くてなかなか追いつけない。後ろにいる私のことを振り返りもしない。
今日の上村はなんか変だ。いつもなら、素の時でも私に気を遣ってくれるのに。
私を構わない上村のことが、却って不自然に思えた。
「飯、おごります」
交差点を渡りきり、アーケード街に入ったところで、ようやく上村が口を開いた。それでもやはり上村は前を向いたままで、私の顔を見ようとしない。
「どうしたの、急に」
「いつもの家飯のお礼」
そう言うと上村は歩くスピードを上げ、また私との距離を開いてしまう。
ひょっとして、照れてるとか? いや、あの上村に限ってまさか。
結局私はレストランに着くまでの間、一度も上村の表情を確かめることができなかった。