「出かけるって、一体どんな格好してったらいいんだか」
窓越しの強い日差しに目を細めて、ぼそりと呟いた。
上村と『約束』した土曜日。空調がほどよく効いた病室内とサッシ一枚で隔てたベランダ越しに、空高く昇る入道雲が見える。今日も暑くなりそうだ。
病室のテレビから、「今日は猛暑になる」とアナウンサーの声がする。こんな日に、上村は私をどこに連れて行くつもりなのだろう。炎天下の中、わざわざ出て行くのも億劫だ。
「なあに、ため息なんかついて」
ベッドに横たわる母を振り向くと、顔だけ僅かにこちらに向けて私に向かって微笑んでいた。母の弱々しい表情に胸が痛む。私は芽生えた不安を打ち消すように、わざとおどけた声を出した。
「それがさ、午後から用事があって出かけなきゃいけないんだけど、暑いしもう面倒くさくって」
「そうなの? でもその割に嬉しそうに見えるわ」
「え? 誰が」
「香奈が。そんなこと言って、本当はデートなんじゃないの?」
「そ、そんなわけないじゃない! ちょっと後輩に付き合うだけよ!!」
慌てて両手を振る私を見て、母はふふっと微笑んだ。
「はいはい。そういうことにしておいてあげるわ」
「もう母さんったら、すぐ私のことからかうんだから」
そのとき、ふいに母の顔から笑顔が消え、ゆっくりと目蓋を閉じた。
「ごめんなさい香奈。ちょっと疲れたみたい。……眠たいの」
「それじゃあ私はそろそろ帰るね。ゆっくり眠って、母さ……」
私が最後まで言い終わらないうちに、母はもう寝息を立てていた。
ここ最近の母は、私が来ても、すぐに「疲れた」と言って眠ってしまう。起きていると思って声をかけても、たまに夢なのか現実なのか区別がつかない時もあるようだった。
それが薬のせいなのか、それとも病気の進行のせいなのか私にはわからない。
眠ってしまった母を起こさないように、私は静かに病室を後にした。
窓越しの強い日差しに目を細めて、ぼそりと呟いた。
上村と『約束』した土曜日。空調がほどよく効いた病室内とサッシ一枚で隔てたベランダ越しに、空高く昇る入道雲が見える。今日も暑くなりそうだ。
病室のテレビから、「今日は猛暑になる」とアナウンサーの声がする。こんな日に、上村は私をどこに連れて行くつもりなのだろう。炎天下の中、わざわざ出て行くのも億劫だ。
「なあに、ため息なんかついて」
ベッドに横たわる母を振り向くと、顔だけ僅かにこちらに向けて私に向かって微笑んでいた。母の弱々しい表情に胸が痛む。私は芽生えた不安を打ち消すように、わざとおどけた声を出した。
「それがさ、午後から用事があって出かけなきゃいけないんだけど、暑いしもう面倒くさくって」
「そうなの? でもその割に嬉しそうに見えるわ」
「え? 誰が」
「香奈が。そんなこと言って、本当はデートなんじゃないの?」
「そ、そんなわけないじゃない! ちょっと後輩に付き合うだけよ!!」
慌てて両手を振る私を見て、母はふふっと微笑んだ。
「はいはい。そういうことにしておいてあげるわ」
「もう母さんったら、すぐ私のことからかうんだから」
そのとき、ふいに母の顔から笑顔が消え、ゆっくりと目蓋を閉じた。
「ごめんなさい香奈。ちょっと疲れたみたい。……眠たいの」
「それじゃあ私はそろそろ帰るね。ゆっくり眠って、母さ……」
私が最後まで言い終わらないうちに、母はもう寝息を立てていた。
ここ最近の母は、私が来ても、すぐに「疲れた」と言って眠ってしまう。起きていると思って声をかけても、たまに夢なのか現実なのか区別がつかない時もあるようだった。
それが薬のせいなのか、それとも病気の進行のせいなのか私にはわからない。
眠ってしまった母を起こさないように、私は静かに病室を後にした。