珍しく定時で帰ることが出来た水曜日。私は会社の帰りに母を見舞ってから帰宅した。
 今日の母は気分が良かったらしく、体を起こして私と話をしてくれた。
でも、途中で出された食事は半分も食べられなかった。病室を訪れるたびに、確実に母の病気は進行しているのだと実感させられる。
 病院からの帰り道はずっと、気分が塞いだままだった。家に帰って、自分一人のために料理をする気にはなれなくて、今夜は惣菜で済まそうとスーパーに立ち寄った。
かごを手に、惣菜売り場を目指す。途中の野菜売り場で、ふとじゃがいもの山が目に入った。
 やっぱり惣菜なんてやめて、今夜は母が好きなコロッケでも作ろうか。
コロッケは、まだ小学生だった私が、初めて自分一人で作った料理だ。美味しい美味しいと言って、母がほとんど食べてしまった。私と母の、思い出の一品だ。
予定外だけど、余分に作って明日会社の帰りに持っていってみようか。母も昔を思い出して、喜んで食べてくれるかもしれない。

 家でコロッケを揚げながら、明日も残業せずに帰るにはどうしたらいいかを考えた。
ああ、やっぱりあの仕事は持ち帰ればよかった。それとも、明日少し早めに出勤して片付てしまおうか。
そんなことを考えながら、最後の一個を揚げ終えた時だった。また、コツコツと玄関のドアを叩く音がする。
……ああ、このノックは上村だ。
「何?」
 上村の顔を見ると、昼間の会社の女の子との会話が蘇ってくる。今日は私が仏頂面でドアを開けた。
「何って、俺が来たら飯に決まってるでしょう。お邪魔します」
 むすっとした私などには一切構わず、上村はいつものように、勝手に部屋に上がりこむ。今日もまた、グレープフルーツが入った袋を押し付けられた。
「ラッキー、今日はコロッケだ」
「何がラッキー? あんたにも食べさせるなんて、まだ言ってないわよ」
「先輩、何そんなにぷんすかしてるんですか」
「別にぷんすかなんてしてないわよ」
「だったらいいけど。あー、腹へった」
 ドカッとソファに座りネクタイを緩める上村を見ると、いつもよりも疲れた顔をしているように見えた。
「……上村、何かあった?」
「何がです」
「なんか疲れた顔してるから」
「……わかるんですか?」
「そうね、なんとなく」
 上村はまじまじと私の顔を見ると、観念したように息を吐き出した。
「実は、仕事がうまくいってません」