オアシス部に戻ると、エネルギー部から異動してきた女の子が話しかけてきた。彼女は今、上村の補佐をしている。
「三谷さん、見ました? コンサルの麻倉(あさくら)さん」
「麻倉さんって?」
「女性が一人同席してませんでした?」
「ああ、あの方麻倉さんっておっしゃるの? 凄く素敵な人だったわ」
「でしょう? 私も前回の打ち合わせのときにお見かけしたんですけど、美人だし、女性で第一線で働いてるなんて格好いいですよね」
「本当ね」
 麻倉さんは男性ばかりの中にいても、女性だからと変に気負うことなく、とても自然だった。
ああいう風に男性に混じって仕事をする人もいるんだ。
長年、ここの保守的な環境に染まってしまった私には、彼女の姿はとても新鮮に映った。
「それにあの美貌。上村さんがグラッと来ちゃったらどうしようー」
 この子も上村がいいのか。会社での上村は本当にモテる。
「三谷さんって、ここに来る前は上村さんと同じ外食部でしたよね? 上村さん、今フリーなんですか?」
「さあ。プライベートなことはほとんど話したことないし」
 これは嘘ではない。よく考えてみたら、私は上村の個人的な話は何一つ聞いたことがなかった。
「そうなんだー、残念!!」
「三谷さんも知らないんだってー」と他の女の子たちに言いながら、彼女は自分の席に戻って行った。

 一緒に食事をするだけとはいえ、最近家では上村と二人で過ごすことも多い。だから、なんとなく親しくなったつもりになっていた。
でも、私は上村の家族だとか恋人だとか、そういうことは何も知らない。私は鳴沢さんや母のことを話しているのにだ。
 何だか私ばかりが自分のことを話していて、不公平に感じる。上村だって、もうちょっと自分のことを話してくれてもいいのいに。
上村にいいように乗せられているみたいで、なんだか悔しい。
私は机に置きっぱなしにしていた書き損じのメモをくしゃくしゃにして、勢いよくゴミ箱に投げ捨てた。