部内でオアシスタウンへ誘致するテナントの選定も終わり、営業社員たちは出店交渉へと乗り出した。
中には関東、関西まで商談をしに行く社員もいる。ここ数日のオアシス部は、部長と女性事務が数名残っているくらいで、静かなものだった。
「三谷さん、10時から隣のミーティングルームでコンサルとの打ち合わせやるから、お茶出し頼めますか?」
「わかりました。何名分ですか?」
「えーと、3名かな」
よろしくね、と館山部長は軽く頭を下げると、自席へ帰っていった。
豪快で頼りになる父親タイプの野々村部長と比べ、ずいぶん物腰の柔らかい人だ。女子社員たちからも「仕事がしやすい」と人気がある。
10分前に給湯室へ行き、お茶出しの用意を始めた。3人分の湯呑みを出し、急須とともに熱湯で温める。
「あ、先輩。お茶ですか? お疲れ様です」
突然後ろから声をかけられて、肩がピクリと跳ねた。
この声は上村だ。びっくりしたことを知られたら、たぶんまたからかわれる。
私は、一呼吸おいてから、上村に返事を返した。
「お疲れ様。今日は外出じゃなかったの?」
「10時からの打ち合わせ、俺も同席することになったんです」
そう言って上村は、入れたばかりの緑茶に勝手に口をつけてしまう。
「ん、うまい!」
「もうっ、うまいじゃないでしょう。やり直しじゃないの」
「スムーズな会話はうまいお茶から。うまいかどうかチェックしてあげたんですよ」
上村の調子のいい言葉に、つい苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そういうことなら、他の子たちにもしてあげたら? 上村がチェックしてあげたら、みんな喜んでお茶出しするわよ」
「嫌ですよ。そんなことしたら、先輩の仕事が減っちゃうじゃないですか。ごちそうさまでした」
私に湯呑みを手渡すと、さっさと給湯室から出て行く。
「何よあれ」
どうしてみんな、あいつの本性に気づかないんだろう。
私は戸棚から新しい湯呑みを取り出すと、また一からお茶を入れなおした。
「失礼します」
全員が席に着いたのを確認して、静かに小会議室に入る。入ってすぐに、コンサル側のテーブルの右端に座る、綺麗な顔立ちの女性に目が行った。
打ち合わせに同席しているということは、彼女も営業職なんだろう。熱心に手元の資料に目を通している。
私は打ち合わせの邪魔にならないよう黙礼だけして、それぞれのスペースにお茶を置いていった。
打ち合わせに集中して誰もがスルーするなか、彼女だけが小さく「ありがとうございます」と笑顔で言ってくれた。私もそれに笑顔を返す。
彼女が微笑むと、大輪の花が咲いたように周りの空気が明るくなった。女性の私から見ても、とても素敵な人だと思った。
中には関東、関西まで商談をしに行く社員もいる。ここ数日のオアシス部は、部長と女性事務が数名残っているくらいで、静かなものだった。
「三谷さん、10時から隣のミーティングルームでコンサルとの打ち合わせやるから、お茶出し頼めますか?」
「わかりました。何名分ですか?」
「えーと、3名かな」
よろしくね、と館山部長は軽く頭を下げると、自席へ帰っていった。
豪快で頼りになる父親タイプの野々村部長と比べ、ずいぶん物腰の柔らかい人だ。女子社員たちからも「仕事がしやすい」と人気がある。
10分前に給湯室へ行き、お茶出しの用意を始めた。3人分の湯呑みを出し、急須とともに熱湯で温める。
「あ、先輩。お茶ですか? お疲れ様です」
突然後ろから声をかけられて、肩がピクリと跳ねた。
この声は上村だ。びっくりしたことを知られたら、たぶんまたからかわれる。
私は、一呼吸おいてから、上村に返事を返した。
「お疲れ様。今日は外出じゃなかったの?」
「10時からの打ち合わせ、俺も同席することになったんです」
そう言って上村は、入れたばかりの緑茶に勝手に口をつけてしまう。
「ん、うまい!」
「もうっ、うまいじゃないでしょう。やり直しじゃないの」
「スムーズな会話はうまいお茶から。うまいかどうかチェックしてあげたんですよ」
上村の調子のいい言葉に、つい苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そういうことなら、他の子たちにもしてあげたら? 上村がチェックしてあげたら、みんな喜んでお茶出しするわよ」
「嫌ですよ。そんなことしたら、先輩の仕事が減っちゃうじゃないですか。ごちそうさまでした」
私に湯呑みを手渡すと、さっさと給湯室から出て行く。
「何よあれ」
どうしてみんな、あいつの本性に気づかないんだろう。
私は戸棚から新しい湯呑みを取り出すと、また一からお茶を入れなおした。
「失礼します」
全員が席に着いたのを確認して、静かに小会議室に入る。入ってすぐに、コンサル側のテーブルの右端に座る、綺麗な顔立ちの女性に目が行った。
打ち合わせに同席しているということは、彼女も営業職なんだろう。熱心に手元の資料に目を通している。
私は打ち合わせの邪魔にならないよう黙礼だけして、それぞれのスペースにお茶を置いていった。
打ち合わせに集中して誰もがスルーするなか、彼女だけが小さく「ありがとうございます」と笑顔で言ってくれた。私もそれに笑顔を返す。
彼女が微笑むと、大輪の花が咲いたように周りの空気が明るくなった。女性の私から見ても、とても素敵な人だと思った。