「なんだかもったいないですね。三谷さんなら、どんな分野でもやっていけそうだけど」
「そんな、買い被りすぎですよ」
 私が謙遜すると、岩井田さんは「そうかなあ」と首を傾けた。
 ほぼ初対面にしては、ずいぶんと持ち上げてくれる。今までの経験上、誰かの縁の下の力持ちにはなれるかもしれないが、私には自分から率先して新しいことを切り開くような力はない。
「まあ、ここで色んな可能性を探ってみるのもいいんじゃないんですか」
 そう言って、また岩井田さんはビールをちびちびと口に運ぶ。結構な時間をかけて、彼はなんとか一杯目のジョッキを空けた。ひょっとして、お酒はそう得意ではないのだろうか。
「岩井田さん、よければ別のものを頼みましょうか? お茶かソフトドリンクでも」
 少し声をひそめて話しかけると、岩井田さんは目を見開いた。
「……ばれちゃいました? 実は僕、アルコールはあまり好きではなくて」
「それは、大変ですね」
 営業と言う仕事柄、接待も多いはず。酒席で全く飲まないというわけにもいかないだろう。
「まあね。でも仕事のときは、なんとかうまくやってますよ」
 片手を上げて、店員さんに声をかける。周りの人に聞こえないよう、岩井田さんは抑えた声で自分ようにウーロン茶を、私用にビールのおかわりを頼んだ。
「でも、顔には出ないんですね」
「いや、すぐ赤くなりますよ。今はまだなんとか大丈夫なだけで」
岩井田さんの言うとおり、今のところ顔色に変化はない。
飲めなくはないが、そう強くもない。ただし、お酒に飲まれることもない。ちゃんと自分で、コントロールができる人なんだろう。
「今まであまり気づかれなかったんだけどな。三谷さんは、人のことよく見てるんですね」
 岩井田さんが、私を見て目を細める。
「いや、そんなことは……」
彼が纏う雰囲気がわずかに変わったような気がして、戸惑った私は曖昧に返事をした。
 そうこうしていると、別のテーブルから「二次会はカラオケだぞー」と誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
「そろそろ終わりかな。三谷さんは二次会どうされるんですか?」
「あー、私はカラオケとか苦手なんで遠慮しておきます」
「そうですか、それは残念」
 そう言って岩井田さんはにこにこと笑っている。気を遣ってか、無理やり二次会に誘ってくる人もいるけれど、岩井田さんはそんな風に押しの強い人ではないらしい。安心した私は自然と笑みを浮かべていた。
 岩井田さんと連れ立ち、デパートのエレベーターを下る。
 外に出ると、シャッターが閉じた店の前で、私たちよりも先に降りたグループが賑やかに二次会の相談をしていた。
「それじゃあ、僕は二次会に行きますね」
「はい、お先に失礼します」
 私は岩井田さんに一言お詫びをして、ちょうど停まったタクシーに乗り込んだ。