七月に入り、私は上村と共にオアシスタウン事業部に異動した。
 オアシスタウン事業部、通称オアシス部は総勢30名。
土地買収の段階からこのプロジェクトに関わってきた社員が6割、今回各部から選抜され、異動してきた人が4割で構成されている。
 新しくオアシス部部長に就任した館山(たてやま)部長をはじめ、数名の管理職を除き、ほとんどが若手社員。
さすが皆、その仕事ぶりを買われて来ているだけに、業務は滑り出しから順調だった。

 オアシス部が立ち上がって一週間、今日は親睦会も兼ねて街中のデパートの屋上ビアガーデンで暑気払いの会が行われている。
日はとっくに暮れたというのに、まだ辺りには昼間の熱気がこもっていて蒸し暑い。私は汗をかいたジョッキを手に取り、冷えたビールで渇いた喉を潤した。
「三谷さん、どうです。オアシス部には慣れました?」
 そう私に話しかけるのは、エネルギー部から異動してきた岩井田(いわいだ)さんだ。
彼は私より4つ年上の32歳。さらりとした黒髪に黒いセルフレームの眼鏡を掛けた温厚な印象の男性だ。
 オアシス部立ち上げの前から、エリート揃いのエネルギー部からわざわざ異動を志願した男性社員がいると、社内でも話題になっていた。どうやらそれが岩井田さんらしい。
部長からの指示で、私は来週から岩井田さんの補佐に付くよう言われていた。
「はい、おかげさまで。皆さん仕事ができる方ばかりなので、見ていてとても勉強になります」
「そう、それは良かった」
 私がそう答えると、岩井田さんは満足そうに微笑んだ。
「岩井田さんはいかがです? エネルギー部とは勝手が違って大変なんじゃないですか」
「確かに扱うものから違いますからね。でも僕には夢があって」
「夢、ですか?」
「友人に設計をやってるやつがいましてね。そいつといつか古民家や古い商店のリノベーションの仕事をやりたいんですよ」
「……それはまた、随分これまでとは違うお仕事ですよね」
 コクコクと頷きながら岩井田さんはビールを飲む。彼の話はなかなか興味深い。
「ここでの仕事も直接は関係ないかもしれないけど、色んな現場を見ておきたくて。三谷さんはないんですか、そういうの」
「と言いますと?」
「将来やりたいこととか夢とか」
「私は……そういうの考えたことなかったです」
 正直なところ、今は移ったばかりのオアシス部の仕事を着実にこなしていくこと、そして母のことで頭は一杯だ。