上村は私の手伝いが終わると、急いで外食部に戻っていった。
外出の予定はないとは言っていたけれど、午後の予定を狂わせてしまったことに変わりはない。せめてものお礼に、今度は私が、上村にお茶を入れてあげよう。会議室を出ると、私はそのまま外食部のあるフロアの給湯室へと向かった。
「おまえらなあ、ホント何考えてんだよ!」
 突然聞こえてきた怒声に耳を疑った。声は給湯室の中から聞こえてくる。
 そっと中を覗くと、今日私と一緒に会議の準備に入るはずだった後輩たちと数名の女子社員、そしてふてくされた顔で立つ美奈子の姿が見えた。
「悔しかったら仕事で見返してやれって言ったけど、おまえらの仕事は他人の邪魔することなのか?」
 彼女たちを厳しく叱責しているのは、なんと上村だ。普段温厚な上村の激しい剣幕に、美奈子を除く女の子たちは皆涙を浮かべている。
「上村くん、どうして今さら三谷さんの肩を持つの? この前は私のことかばってくれたじゃない!」
 納得いかないといった顔で美奈子が言う。そんな美奈子に上村は侮蔑の笑みを投げた。
「肩を持つとかそんなくだらないことばっかり言ってるんじゃないよ。おまえら一体、会社に何しに来てんの?」
 まさか上村にまでこんなことを言われるとは思ってなかったんだろう。美奈子の顔がカッと赤くなった。
「おまえらさ、本当にわかってる? あの人、来月には外食部からいなくなるんだよ。三谷さんいなくて、ホントにおまえらだけで仕事全部回していけんの? 今までおまえらがミスったりサボったりしてた分、全部カバーしてくれてた人がいなくなるんだぞ。ちょっと頭使えば、今やるべきことが何かぐらいわかるだろ!」
「あ……」
 上村の発言でようやく私が異動した後のことが想像できたのか、女の子たちは一気に不安げな表情になった。美奈子だけは、悔しそうに唇を噛み締めながらじっと上村を睨みつけている。
「わかったらさっさと仕事に戻れよ。こんなとこで油売ってる暇なんてないだろ」
 私は彼女たちに見つかる前に、その場から静かに立ち去った。
 外食部まで廊下を歩きながら、私は心の中で上村の言葉を反芻していた。
上村が私のことを気遣ってくれたことが素直に嬉しかった。
 あの春の日、会社の駐車場で冷たく女の人を置き去りにした上村と、私の立場を案じて、敢えて美奈子をかばった上村と、一体どちらが本物の上村なんだろう。
 いくら考えても、答えは出そうになかった。