「あのさ、データは先輩が行った方が確実でしょ。これ以上間違いがあったらいけないし。それに先輩、俺の入れたお茶うまいって言ってくれたじゃん」
「そうだけど……」
「迷ってる暇ないだろ。行くよ」
 確かにそうだ、もう時間がない。ここは上村のことを信じて任せるしか……。
「……わかった。お願いするわ」
 外食部に戻ろうと会議室のドアに手を掛けると、反対の腕を上村に取られた。
「何?」
「これ以上あいつらに邪魔させんなよ」
 上村のおかげで、いくらか落ち着いた。これ以上いいようにさせてたまるもんか。
「させないわ」
「やっぱり、先輩は頼もしいよ」
私がきっぱりと言うと、上村は満足そうに頷いた。
 もう本当に時間がない。私と上村はそれぞれの仕事に取り掛かるべく、急いで会議室を後にした。
                                  
「いやあー、良かった。俺の苦労もやっと報われたなあ」
「本当にお疲れ様でした、部長」
 チャイニーズレストランとの商談を無事に終え、私は上機嫌の部長を労った。
結局、資料はギリギリで間に合った。上村の入れたお茶も、得意先にもとても好評だったらしい。私はようやく安堵のため息をついた。
「三谷もおつかれさん。実質これがお前との最後の仕事だったな」
「そうですね。長い間ありがとうございました」
 入社から数えて6年、私はずっとこの人に鍛えられてきた。
外食部での部長との最後の仕事をなんとか無事終えることができて、本当に良かった。これまでの感謝の気持ちを込めて、私は深々と頭を下げた。
「なんだよ、やめてくれよ。……なんだか嫁にやる父親の気分だよ」
 そう言って部長は眉を下げる。
「三谷ならどこに行ってもうまくやれるよ。あっちに行っても頑張れよ。上村のこと、おまえが助けてやってくれ」
「わかりました」
「涙は送別会まで取って置くよ」
 そう言うと、部長は手を振りながら外食部へ戻っていった。
 鳴沢さんとの結婚が破談になったときも、部長は何も言わずに私を迎え入れてくれた。社内で上手く立ち回れない私を、いつも陰ながら助けてくれた。
部長がいなければ、今の私はない。廊下の奥に消えていく後姿に向かって、私はもう一度頭を下げた。