「いいです、俺が手伝いますよ。どうせあいつらのことだから、誰もヘルプに来れないよう手を回してるでしょ」
「あ、ありがとう」
 上村がそう言ってくれて、ホッとして気が抜けそうになる。
ダメダメ、まだ準備は終わってない。気合を入れなければ。
「時間ないですよ。さっさとすませましょう」
 シャツの袖のボタンを外し、腕まくりをする上村に頷いた。
上村は一人で軽々とテーブルを整えていく。私は上村の後を追い、一つずつ椅子を揃えていった。                          
「後はこの書類を並べればいいの?」
「うん、とりあえずそれで会場の用意は終わり」
 薄い冊子状になった今日の資料を一部ずつテーブルの上に並べていく。商談が始まるまで、あと20分を切っていた。
「よし、これであとはお茶を用意すれば完璧よ。上村、ありがとう。来てくれて本当に助かったわ」
 せっかくお礼を言ったのに、上村は返事もしない。
 ムッとして上村を見ると、無言で何度も資料をパラパラとめくっていた。
「どうかした?」
「先輩、これページ飛んでない?」
「え!?」
 慌てて手元の資料を手に取ると、確かに何か所かページが抜けていた。
「これ誰に作らせたの?」
「資料自体は私が作ったけど、コピーとか仕上げは後輩に頼んだ……」
「これも相良の指示じゃねえ? あいつホント(たち)が悪いな」
 上村は資料を睨み付けながら、片手で頭を支えた。
 つま先から言いようのない焦りがじりじりとはい上がってくる。
「どうしよう。今からじゃ差し替える時間ないよね……」
「そんなことないよ。データはまだ先輩が持ってるんでしょう? そんなに部数多くないし、今からやり直せば十分間に合う」
「そうかな……。そうよね」
 上村にそう言われたら、間に合うような気がしてきた。
「それじゃ今から外食部に戻って……」
 そこまで言いかけて、ハッとした。
「……何?」
「やっぱりダメよ、間に合わない。お客様にお茶をお出ししなきゃいけないもの」
「なんだ、そんなこと? そんなの他に手が空いてるやつに頼めばいいじゃん」
 上村が呆れた顔で言い返してくる。
「私じゃなきゃダメなのよ。得意先の専務がお茶にうるさい人だからって部長が……」
 慌てる私を落ち着かせるように、上村が優しく肩に手を置いた。
「わかった。お茶は俺がやるから任せて」
「でも……」
「先輩」
 上村はまるで小さな子どもに言い聞かせるように、私の目をじっと見つめた。