「響子は? 今からちょっとでも抜けられないかな」
『すみません。今、鮫島主任から急ぎの書類を頼まれてて。……しかも今日やけに機嫌が悪いんです』
 響子は最後だけ声のトーンを落した。もしかしたら、主任がすぐ側にいるのかもしれない。このまま内線で話してたら、余計に彼を怒らせてしまうだろう。
「わかった、響子はそっちを優先して。こっちは私が何とかするから」
 受話器越しに何回も謝る響子をなんとか宥めて、私はようやく受話器を置いた。会議開始まで後50分弱。迷っている暇はない。
 私はとりあえず、学校の教室のように横向きに並んでいるテーブルを、商談用に向かい合わせに並び替えることにした。
 テーブルの足についたキャスターのロックを外し、側面を押してみる。
「早く動いてっ……」
二人掛りならなんなく運べる机も、一人で運ぶとなると結構大変だ。
それに得意先の手前、今回使わない分はきちんと揃えて、見栄えよくしておかなければならない。
目の前に雑然と並んだテーブルの群れに、焦りと美奈子への怒りで頭がカッとなる。
 こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。
 一人で奮闘していると、トントンと会議室のドアをノックする音がした。  やっとヘルプが来たんだ! 期待を込めて振り向くと、そこには仏頂面の上村が立っていた。
「……一人でいったい何してるんですか」
 上村と話すのは一週間ぶりだ。なんだか気まずくて、私は上村に背を向けた。
「見ればわかるでしょ。商談の準備をしているの」
「準備って……。商談って、二時スタートでしょう? 他にヘルプは?」
 上村は会議室に入り、荒れた室内を見回して私に尋ねてくる。
「いないわ。これは私の仕事だから」
 商談で使う分はなんとか並べ終え、余ったテーブルを両手で押して、きれいに揃うように並べていく。すでに汗だくで、息も上がっている。
そんな私を見て、上村は少し乱暴に私を押しのけた。
「先輩、邪魔。これ、全部揃えればいいんでしょ?」
「そうだけど……」
「わかった」
上村はそう言うと、黙々とテーブルを揃え始めた。
 しばらく二人無言で作業をしていると、ふいに上村が口を開いた。
「相良のしわざ?」
「え?」
 顔を上げると、上村が「やっぱりね」と言いながらため息を吐いた。
「ホントあいつら成長ねえな。せっかく味方のふりしてやったのに」
「……味方の、ふり?」
「そうですよ。あそこで俺がかばったりしたら、余計に先輩の立場が悪くなるでしょ」
「そうだったんだ……」
 上村は美奈子の肩を持ったふりをして、実は私をかばってくれていたんだ。
上村に軽蔑されたと勘違いして、ここ数日、私は気落ちしていた。