あれから数日がたった。美奈子たちはもう私に絡んでは来ない。
表面上私たちは、とても穏やかな毎日を過ごしている。
 上村はあの後一度も部屋には来ていない。
あの時の軽蔑したような視線が頭から離れなくて、私は社内で上村と顔を合わせても、なんとなく彼のことを避けていた。
「三谷ぃ、今日の得意先との商談の資料、ちゃんと出来てるよな?」
「はい、大丈夫です」
「あそこの専務、ご実家が老舗のお茶屋で味にはうるさいんだ。うまい茶入れてくれよ」
「わかりました」
 今日の商談だけは絶対に落すことはできない。
うまくいけば、部長が一年がかりで進めてきたチャイニーズレストランとのフランチャイズ展開の契約が今日にでも決まるはずだった。

 商談開始1時間と少し前、私は4階にある第一会議室に来ていた。
4階は会議室や打ち合わせに使われるミーティングルームがずらりと並んでいる。
 いつもはどこかしら会議や打ち合わせが入っているのに、今日に限って何も入っていないらしい。フロア全体がシンと静まり返っていた。
 一緒に会議のセッティングをするはずの後輩もまだ来ない。仕方なく私は、先に用意をはじめることにした。

「……おかしいな」
 商談開始1時間前、後輩はまだ一人も来ない。
室内は、前の利用者がろくに片付けていかなかったのか、椅子や机も普段とは置き方が変えられたままで放置されていた。
さっきから一人で片付けてはいるけど、このままじゃとても間に合いそうにない。
焦りを感じてきた私は、会議室の隅にある内線電話を取り、外食部の番号をコールした。
『はい、外食事業部中山です』
「あ、響子? そこに部長から、商談の準備を頼まれてた子たちいない?」
『うーん、ここにはいないみたいですね。どうかしたんですか?』
「まだ誰も来ないんだよね。何かトラブルかな」
『部長の商談……、あっ!!』
 耳元から響いてきた響子の大声に、思わず顔を顰めた。
「なによ、そんな大きな声出して」
『すみません。そういえばさっき、ヘルプの子たちと美奈子が話をしてるのを見かけたんです。ひょっとして、三谷さんの手伝いに行かないように根回ししたんじゃないですか?』
「……美奈子が?」
 まさかこの間のことをまだ根に持ってるの?
ひょっとして、会議室がいつもより散らかっているのも美奈子たちの仕業とか……。
嫌な予感がして、背中にじわりと汗が浮かんだ。