「じゃあ、ホントごちそうさまでした」
「はい、じゃあね」
 そろそろお(いとま)します、という上村を玄関まで見送る。
上村がドアノブに手を掛けたところで、大事なことを忘れていたことに気がついた。
「あ、鍵は置いていってね」
「ああ」と上村は振り向き、胸ポケットから鍵を取り出す。私は、大事な鍵を受け取ろうと、上村に向かって手のひらを広げた。
これ以上、上村の身勝手に振り回されてたまるか。
「なーんて、ね?」
 そう言って、上村は私の部屋の鍵を素早く胸ポケットに戻した。
入りきらなかったシルバーのチャームがポケットからはみ出している。
「……いい加減にしてくれる? ちゃんと鍵、返しなさいよ!」
 私はムッとした顔で、上村に手を伸ばした。が、またしても寸でのところでかわされた。
「わっ!?」
 上村に避けられたせいでバランスを崩した私は、廊下の壁に手をついて、なんとかふらついた体を支えた。
「ちょっと、危ないじゃない!!」
「ああ、スミマセン」
「スミマセンじゃないわよ、だから鍵!」
 なんとかして鍵を取り返そうと、上村に向かって手を伸ばしたけれど。
「先輩の飯、また食べに来ますから。それじゃ」
 私の腕は空を切り、目の前でバタンと大きな音を立ててドアが閉まった。
「……まったく、一体何しに来たのよ!」
 私は悪態をつきながら、ドアの内鍵を回した。
いつもはそのままのチェーンも、今日ばかりはしっかりとドアに掛けておいた。