「やー、うまいわ」
 そう言って、上村はテーブルの上の料理を片っ端から片付けていく。
 ……上村って、結構食べるんだ。なんだか意外だわ。
その旺盛な食欲を前に、私はただただ唖然(あぜん)としていた。
「本当、上村よく食べたわね」
 上村に食後のコーヒーを手渡しながら、テーブル一杯の空き皿を見回した。
「片付けはしますから安心してください」
「え、いいよそんなこと」
「いいから」
 上村はコーヒーを一気に飲み干すと、私が片づけようと持っていた皿を奪い、キッチンへ運んで行った。
「先輩って、料理うまいんだね」
「母の仕事が忙しかったから、ずっと私が家事をやってたの。うまいっていうか、慣れてるだけ」
 物心ついた時から、ずっと母と二人だった。蒸発したという父の顔を私は覚えてはいない。
「お母さんは今入院してるんでしたよね。もう長いの?」
「去年の秋から。でも母もそう長くはないと思うわ。だって、余命宣告を受けてるもの」
 そう話すと、一瞬上村が動きを止めた。驚いて当然だろう。会社の人間はおろかまだ誰にも話していない。
「先輩が入院費を払ってるって言ってたけど、他にご家族は?」
「いないわ。ずっと母と二人よ」
「……先輩も苦労してるんだね」
「……ありがとう、助かったわ。一人じゃ案外時間かかるのよ。おかげで早く片付いた」
 しんみりとした雰囲気になるのが嫌で、私はわざと話を逸らした。
「や、食べたの俺だし」
上村もなんとなく察してくれたのか、それ以上母の話題を持ち出すことはなかった。
 最後に手を洗う上村にハンドタオルを手渡すと、「先輩、ごちそうさまでした」と頭を下げられて少し驚いた。
こういうところ、上村は意外にちゃんとしている。
「あ、先輩あれ食べようよ、グレープフルーツ」
「ああ、いいけど」
 私は冷蔵庫にしまっておいたグレープフルーツを取り出すと、包丁で真っ二つにして半分ずつガラスの器に入れ、ソファに腰掛けている上村にスプーンと一緒に手渡した。
「え、このまま食うの?」
「普通はそうでしょ。こうやって、スプーンで(すく)って食べるのよ」
 上村は私が食べる様子を興味深そうに見ている。
「グレープフルーツって、ミカンみたいに剥いて食うんだと思ってた」
 上村は私と同じようにスプーンを使い、果肉を一口、口に含んだ。
「う…すっぱ」
 そう言って眉をしかめる。
「グレープフルーツなんだから当たり前じゃない。そんなに好きでもないならどうして買ってきたのよ」
「酔い覚ましにいいかと思ったんですよ。ここに泊まっていいなら別だけど」
「いいわけないでしょう? それ食べたら、鍵を置いてさっさと帰ってね」
「つれないなあ」
 一口、二口と食べるうちにグレープフルーツの酸味にも慣れたのか、上村は最後の一粒まできれいに平らげた。