「ああ、上村がねぇ。だからみんな浮ついてるのか」
 営業職の上村達哉(たつや)は、そのルックスと経歴が人目を引いて入社当時から目立っていた。
物腰が柔らかく人当りの良い穏やかな印象で、女子社員にかなり人気があった。
 関東の有名私大を卒業して、早くから将来の幹部候補と噂されていた上村は、入社1年目にして飲料水事業部の新規事業だった天然水ブランドの立ち上げ要員として、隣県の事業所に配属された。
この異例の抜擢は、社内でも結構な話題になった。
美奈子のように、「あわよくば」と玉の輿を狙う一部の女の子たちからすれば、上村はこれ以上にない優良物件というわけだ。
「異動もまだなのに、本当に上村が帰って来たら一体どうなるのよ。まったく、みんな何しに会社に来てんだか」
 始業時間はとっくに過ぎてるのに、さっきの三人組もまだ帰って来ていない。
「もう! そんなに冷めてるの三谷さんだけですよ。きっとこれから面白くなりますよー。美奈子なんてすでに目の色変えてるし」
「……ふうん」
 ひょっとして響子も? と思ったけれど、彼女はただこの騒ぎを面白がってるだけだ。上村狙いというわけではないみたい。
でもここで話に乗ってしまうと、ゴシップ好きの響子の口はたぶん止まらなくなる。
仕事を邪魔されたくない私は、わざとそっけない返事をした。
「ふうんって、三谷さん興味ないんですか?」
「ないなあ」
「もうっ、つまんない! 三谷さんに話を振った私がバカでした。もういいですっ」
 ふくれっ面でそう言うと、響子はつまらなさそうに自席に帰っていった。