「美味しい! 意外だわ。本当に上手いのね」
 この味なら、野々村部長も満足してくれるんじゃないだろうか。
上村は満足そうに微笑むと、お盆の上の部長の湯呑みにお茶を注ぎ、お盆ごと私に手渡した。
「またいつでも入れてあげますよ。じゃあね、先輩」
「えっ? ちょっと、上村!」
 持っているお茶をこぼしてしまいそうで、上村を追いかけられない。
 ひょっとして、私の手を塞ぐために、わざわざ自分でお茶をいれたんだろうか? 子どもじゃあるまいし、こんな悪知恵を働かせるなんて。なんてヤツなの!!
 そう憤慨したところで、ようやく気づく。
「あ、違う。……まんまとやられたわ」 
 お茶のことに気を取られ、私は、鍵のことをすっかり忘れていた。

 部長のお茶を手に給湯室から出ようとしていると、廊下から女の子たちの賑やかな話し声が聞こえてきた。
「やったね、美奈子。金曜の飲み会、上村さんも来てくれるんでしょ?」
「うん」
「やったあ! 楽しみ。後のメンバーは誰なの?」
 この声は、うちの部の子たちだ。能天気な話し声にため息が出る。
「ちょっとあなたたち、声が大きすぎるんじゃない?」
 突然現れた私を見て、三人の話し声がピタリと止まった。
「あ、三谷さん。すみません」
 少しも悪びれることなく、美奈子が口だけで謝る。両脇の二人も形だけぺこりと頭を下げた。
「朝礼、遅れないでね」
 どうせ今から化粧直しにでも行くつもりだったのだろう。去り際の私の一言に、小さな舌打ちが聞こえた。