グレープフルーツを食べなさい

これは、自分で思っている以上に酔っているのかもしれない。
「そろそろ出ましょうか?」
 上村はそのまま私の腰に手を添え、私を店の外へと連れ出した。
「上村、お代は?」
 私がお手洗いに行っている間に、会計も済ませていたらしい。
「今日は本当にいいです。この間は割り勘だったし」
「あ、ありがとう。でも……」
「いいから。そんなことより、先輩どこに住んでるんでしたっけ? 俺、送りますよ」
「ああ、大丈夫よ。荒田(あらた)だからここから近いし、タクシー拾って帰るから」
「そんなに酔ってるのに? 女の人一人では危ないでしょう」
 そう言って私を支える上村は、いつも会社で見る紳士的な上村だ。
さっき見たあの光景は、本当に起きたことなんだろうか。夢でも見てたのではないかと思ってしまう。
「俺は鴨池(かもいけ)なんで先輩の家は通り道ですよ。相乗りして帰りましょう」
 そう言うと、上村はたまたま少し先で客を降ろしたばかりのタクシーを捕また。
「あっ、上村……」
「いいから」
 断わる間もなく、上村は私をタクシーに押し込んだ。
「運転手さん、まずは荒田までお願いします」
 無口な運転手は頷きもせずアクセルを踏み込んだ。
 やっぱり私は、飲み過ぎたようだ。
車の心地よい振動が眠気を誘い、私はあっけなく眠りに落ちた。

「……先輩、……先輩!」
 揺さ振られて光が戻る。
返事をする間もなく、上村は私をタクシーの外へと引っ張り出した。よろける体を必死で立て直す。
「あ……、上村?」
 眼前に、上村の仏頂面。タクシーに乗り込む前とは打って変わり、不機嫌そうに眉をしかめている。
「あー、ごめん。寝ちゃったんだね、私」
「まったく。何度起こしても起きないから、悪いけど財布の中の免許証見せてもらいました。マンションここで間違いないですよね?」
 そう言われて辺りを見回すと、そこはよく見慣れたマンションのエントランスだった。
 ……やってしまった。
情けないことに、私は上村の肩を借りて寝入ってしまったらしい。何とか一人でも立てるけれど、まだ頭がぐらぐらする。
「部屋は何階ですか?」
「ううん、もう大丈夫だか……わっ!?」
 一人で立とうと上村から体を離した途端、また頭がぐらりとして私はその場に座り込んだ。目が回ってなかなかか立ち上がれない。
 ……驚いた。ワインの酔いってこんなにひどいんだ。
「頼むからこれ以上世話焼かせんなよ。部屋は何号室?」
 上村は、もう苛立ちを隠さなかった。さすがに、酔った私を持て余したのか、いつの間にか素に戻ってる。
「えっと……306号室……」
 こうなってしまったらもう、断わるのも面倒だ。上村がさらに機嫌を悪くする前に、私は素直に部屋番号を告げた。