グレープフルーツを食べなさい

 ボトルの中身はもう半分以上減っている。
料理が届いてまだ間もないというのに、上村は驚くほど飲むペースが速い。
 どうしたものかと眺めていると、一度口をつけただけの私のグラスにも上村が更にワインを注ぎ入れた。
上村のこの有無を言わせない感じのせいで、私はどうでしてもワインが苦手だと言い出せなかった。
「確かに彼女とは二、三度寝ましたけど、それ以上は何も。それなのに、どうしてあんな勘違いするんだか」
 表情も変えずにそう口にする上村に唖然とする。
……これ、本当にあの上村なの?
「驚いた。上村って本当はこんなやつだったの? 今までみんなのこと騙してたわけ?」
「職場でいい顔をすることを騙してるというのなら、まあそうですね」
 そう言って上村は目を細める。
いつもと同じ穏やかな笑顔なのに、何故か恐ろしく感じて、私は正面から彼の顔を捉えることが出来なかった。
「誰だって仕事とプライベートの顔は違うものでしょう?」
「それはそうかもしれないけど……」
 どうしてそんなことをしているの? いつからなの?
聞いてみたいことは山ほどあるのに、上村はうまくはぐらかしてしまう。
――こうなったら、お酒の力でも借りてみる?
私は思い切って、グラスのワインを一気に呷った。
「なんだ、先輩ワインも飲めるんじゃないですか。嬉しいな」
 上村は嬉々としてまた私のグラスにワインを注ぐ。
最初のボトルはあっという間に空になった。
「今日は楽しく飲みましょうよ。俺がごちそうします」
 ひょっとして、口止め料のつもりなんだろうか?
でも、食事やお酒で簡単に上村なんかに屈したくはない。
それにアルコールが入って気分が良くなれば、上村も口を滑らせるかも。
「わかった。遠慮なくいただくわ」
満足そうに頷く上村を見据え、今度は私からグラスを合わせた。
 おかしい、と思ったのは、お手洗いに立った時だった。
鏡の前に立つと、やけに視界が霞む。
残業続きで疲れが溜まっているのに、上村にうまく乗せられて慣れないワインを飲みすぎたのかもしれない。
席に戻ったら何かソフトドリンクを頼もう。
そう思いながらふらふらと店内を歩いた。
「あっ!」
 椅子に腰掛けようとした私は、何かに足を取られふらついた。上村が咄嗟に支えてくれたおかげで、私はその場で転倒せずにすんだ。
「大丈夫ですか、先輩」
「平気よ。でも、今週忙しかったから疲れて少しだけ酔いがまわっちゃったかも。……あ、ごめん!」
 上村の腕を掴んだままだったことに気付いて、慌てて手を離した。