張りつめた空気などものともせず、自分のペースでお茶を入れ、給湯室から一歩踏み出す。
「何よあれ……、むかつく!」
 私にも聞こえるように、わざとこのタイミングで言ったのだろう。聞こえてきた捨て台詞に、ため息が漏れた。
 こんなこと、もう慣れっこだ。
慣れてしまえば、自分に向けられた酷い言葉もため息と共に流すこともできる。
 私だって好きで若い子たちに小言ばかり言ってるわけじゃない。少しでも早く独り立ちして欲しいから、ついつい指導は厳しいものになる。
たとえそれで後輩たちに煙たがられたって、私は私の役割を全うしているんだから、別に構わない。
 この春で入社6年目。
今まで自分なりにプライドを持って仕事に取り組んできた。
少なくとも今の私は、一人で立っていられていると思う。
                                   
 淹れたてのコーヒーを手に戻ると、オフィス全体が妙にざわついていた。
何かあったんだろうか? 部長が朝礼を始めようと席を立っても、一部の女姓社員がおしゃべりを止めない。

「……上村(うえむら)?」
「そうです。私と一緒に三谷さんに新入社員指導してもらった上村くん、来月から本社に戻ってくるらしいですよ」
 朝礼後、書類のチェックを頼みにやってきた中山(なかやま)響子(きょうこ)が私にそう耳打ちをした。
 明るい色のショートヘアに、黒目がちの大きな瞳。趣味はおしゃべり? ってくらいよくしゃべって、いつも元気いっぱいの響子は、私よりも2つ下の26歳。
陽気な性格で飲み会大好き。上司たちの受けもいい。
ただ、響子は致命的にお酒に弱い。
 入社当初から飲み会のたびに酔いつぶれてしまう響子を介抱するのは、いつの間にか私の役目になっていて、響子の家まで送ったり、仕方なく自宅に連れ帰ったり。
そんなことが度重なって、いつの間にか私は、彼女にすっかり懐かれていた。