「随分と勇ましいですね。先輩を社内に閉じ込めておくなんて、なんだか勿体ないな」
 口元に笑みを浮かべ、上村は丸い氷の浮いたグラスに口をつけた。
 上村のチョイスはタンカレー。まあまあお酒好きな私でも、この度数の酒をロックで飲むことなんて滅多にない。
そういえば私は、上村が酒に酔ったのを見たことがない。どれだけ強いのだろう。
 美味そうに酒を口に運ぶ上村に、私は思い切って質問をぶつけた。
「話は変わるけど……上村は私と鳴沢さんのことどう聞いてるの?」
 突然の私の質問に、上村は手にしていたグラスをカウンターに置いた。
「気になりますか?」
「まあね……」
 裏で私はどんなふうに言われているんだろう? 大体は予想できる気もするけれど、一度ちゃんと聞いてみたいとも思っていた。
 私はこれまで、誰かに鳴沢さんとの恋の顛末を話したことはない。
いや、本当のことなんて、誰にも言えなかったのだ。
「先輩、ジントニックもう一杯いかがですか」
「……いただくわ」
 話してもいいという返事の代わりだろう。上村は早速、二人分のおかわりをバーテンダーに頼んだ。
「俺が聞いたのはなんともえげつない話ですよ。外食部のお局社員が不釣合いなエネルギー部のエリート社員に取り入って、どうにかして結婚に持ち込もうと画策した挙句、最後はびびった男に捨てられた。その後、男は若くて美人の受付嬢と結婚したのに、そのお局社員は図々しくも未だに会社に居座ってる、とかそんな感じかな」
「そう……」
やっぱり。聞いただけで気が滅入る。
 人の噂なんて本当にいい加減だ。
うちの会社に限ったことではない。身近に好奇心を刺激するような事件があれば、みんな真偽も確かめずに飛びついて、憶測だけで好き勝手にものを言う。
社内の噂話なんてテレビのワイドショーみたいなものだ。
自分の好奇心と優越感さえ満たされれば、当事者の事情なんてどうでもいい。
 私の失恋話なんて、誰かの退屈な日常を美味しくするためのスパイスのようなものでしかない。