『ピンポーン』

 来客を告げるインターフォンの音が、静かな部屋に響いた。

「……間違いだろ。それか、酔っ払い」

「ちょっ、達哉!」

 構わず続行しようとする達哉の肩を両手で押しとどめる。

「香奈~~」

「間違いなんかじゃないわよ。早く出なきゃ」

 なかなか応答がないのに業を煮やしたのか、インターフォンの音が連続して鳴り響く。

「……くそっ」

 はだけた浴衣を直し、先に部屋を出た達哉を追ってリビングに出ると、玄関から泣きじゃくる美雨の声がした。

「美雨!?」

 慌てて玄関に向かうと、そこには、疲れ果てた表情の直人さんと、苦笑いする達哉にしがみ付いて離れない美雨がいた。

「直人さん、どうしたの?」

「あ、義姉さん。どうしたのって、どうもこうも」

 ようやく美雨から解放されてホッとしたのか、直人さんは大きくため息を吐いた。

「俺と親父と、三人で花火見たところまでは良かったんだ」

 お祭りの会場を出ると、三人はそのまま家へ帰った。おじいちゃんに屋台でおもちゃを買ってもらって、気に入りの浴衣姿を直人さんにも披露出来て、そこまでは美雨も上機嫌だったらしい。

 ところが、今夜は三人一緒に寝ると言ってきかない美雨に、仕方なく三人で川の字になったところで、美雨の様子がおかしくなった。

 次第に強くなる雨音と、部屋の中まで届く雷光ととどろく雷の音に、美雨はしくしくと泣き出した。

「終いに『おうち帰る。パパとママと一緒じゃなきゃイヤ』って大泣きしだしてさ……」

 直人さんは『怖い、帰る、嫌だ』と泣き叫ぶ美雨をなんとか宥めすかして車に乗せ、ようやくここへ送り届けてくれたらしい。

「俺の嫁になるって言ったくせに、俺がいてもダメだってどういうことだよ、美雨」

 そう言って、直人さんがまだしゃくりあげている美雨の顔を覗き込むと、美雨は達哉の首筋に顔を埋めてこう言った。

「やっぱり直人じゃダメ。美雨、パパのお嫁さんになる」

「……くっ」

「ちょっと達哉……顔」

 美雨にしがみ付かれた達哉の表情は、これ以上はないってほど緩んでいた。