「先輩おかわりは?」
「あ、ありがとう」
 最後の一口を飲み干して、私はグラスを上村に手渡した。
上村は、仕事中もそうでない時も、周りを良く見ているし、とても気が利く。
そういえば、新入社員の時から、こちらが教えなくても、自然とそれができる子だった。
「お待たせしました」
 バーテンダーが音もなく新しいグラスをカウンターに置く。私は二杯目のジントニックに手を伸ばした。
「先輩、そろそろ白状したらどうです?」
「……何を?」
 グラスを片手に私を流し見る上村に、一瞬胸が音を立てる。
「俺の異動の後、鳴沢(なるさわ)さんとはどうなったんですか?」
 ずばり核心を突かれて、私は息を呑んだ。
 私の変化の原因が鳴沢さんにあるってことが、どうして上村にわかったのだろう。
部内の誰か……たとえば美奈子あたりからすでに聞いていて、実は上村も、全て知っているのかもしれない。
「本当はもう誰かに聞いているんじゃないの?」
「まあ、多少は。男にも女にも、そういう話が好きなヤツっていますしね」
 そう言って上村は指で頬を掻く。
 みんな裏ではまだ、私のことを面白おかしく噂しているのだろうか。
当時のことを思い出すと、それだけでげんなりしてしまう。
「でも、本当に鳴沢さんと別れたことだけが原因ですか? それにしてはちょっと極端な気がするんですよね。確かに先輩は元々仕事に厳しい人でしたけれど、俺には今の先輩はわざと嫌われ者を演じているように見えます」
 上村の何もかも見透かしたような物言いに、反抗心が湧いた。
「……たとえ周りに嫌われてでも、厳しいことをいう人間が一人くらいは必要でしょう?」
「そうですね。……それは、まあ」
 納得したのか、上村は肩を竦めた。
「でも、どうして先輩がその役を引き受けなきゃいけないんですか? ひょっとして上からの指示? 俺には先輩が無理しているようにも見えるんですけど」
「それは違うわ。私は、自分の意思でやってるの。みんながそうとは言わないけれど、会社勤めは結婚までの腰掛けで、会社では仕事そっちのけでお婿さん探しだなんて、社会人としての自覚が足りなさすぎるわ。第一そんないい加減な考えで仕事をされたら、あなたたち営業だって迷惑でしょう?」
「まあ、確かに」
「それに中堅の私は、事務仕事だけじゃなくて後進の指導も込みでお給料を貰ってるんだから。たとえ指導が厳しすぎて嫌われようと、彼女たちを事務のエキスパートとして立派に育て上げるのが私の役割だって思ってるわ」