マンションを出た途端、花火の打ち上がる音がし始めた。

「ああ、始まっちゃったわ。急ごう、達哉」

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

 慌てて駆け出そうとする私の手を、後ろから達哉が掴んだ。

「……達哉?」

「今はいいけど、国道に出たらきっと凄い人だよ」

 そういえば、三人で出かけるときは必ず達哉が美雨と手を繋ぐ。迷子防止のつもりだろうか。

 達哉と手を繋いで歩くなんて、どれくらいぶりだろう。照れくさくて返事も出来なかった私は、黙ったまま達哉の手をきゅっと握りしめた。

 夏の夜特有の、湿気を多分に含んだ空気が肌を撫でる。心配していた天気も、なんとか花火が終わるまでは持ちそうだ。


 こうしてる間も、次々と花火の上がる音が聞こえてきて気持ちが急く。

 早く国道に出なくては、せっかくの花火も立ち並ぶビルの隙間からしか見ることができない。 

 絶壁のような建物に阻まれて、また一つ、両端を切り取られた大きな枝垂れ柳が夜空に浮び上がった。

「そんなに好きだったっけ、花火」

 達哉に言われて立ち止まる。急ぐあまり、いつの間にか私が達哉の手を引くようにして歩いていた。

「えっと……うん、好きよ」

「ふーん」

 振り返ると、達哉は少し意地悪な顔をして私を見下ろしていた。

「なに」

「いや、先輩でもはしゃぐことあるんだと思って」

 こうやって、達哉は今でも私を『先輩』と呼ぶことがある。

 私のことをからかって遊んでいるのだ。こういうところは本当に、昔と変わらず(たち)が悪い。

「はしゃいでなんかないわよ」

「はいはい、わかりました。……ふくれっ面が美雨にそっくりだ」

「そう?」

 子どものわりに、顔立ちのはっきりとした美雨は、私よりも達哉に似ていると言われることが多いのに。

「うん、美雨は香奈に似てるよ」

 私が、美雨とはあまり似ていないと言われることを気にしていることに気が付いているんだろう。

 これは達哉なりの優しさなのだ。本当にわかりにくいけれど。

「それじゃあ将来美人になるわね」

「はいはい、そういうことにしておくよ」

 再び達哉に手を引かれ、人だかりがしている方へと歩き出す。

 こうして二人で他の話をしていても、気がつくといつも話題は美雨のことに変わっている。

そのたびに私は、「ああ、私と達哉は家族になったんだな」と思うのだ。