こんなふうに、生まれたときから祖父に溺愛されていた美雨だから、仕事で不在がちな達哉よりも、祖父にべったりになってしまっても、仕方がないのかもしれない。

 今夜、近くにある神社で、この街で一番大きな六月燈(ろくがつどう)が催される。

 部署の異動があったばかりで残業続きだった達哉だけど、「この日は絶対に早く帰るから、家族三人で六月燈に行こう」と、美雨と約束をしていた。


「ママ、お天気大丈夫かな」

 朝からもう何度目だろう。美雨がベランダのサッシにピタリと顔をつけ、薄雲の広がり始めた夕空を見上げた。

「天気予報は曇りだったでしょ。きっと大丈夫よ」

 美雨の隣で一緒に空を見上げ、頭を撫でてやる。でも美雨には心配事がもう一つ。
 
「パパはまだ帰らないの?」

 美雨はサッシから顔をどかすと、私のエプロンの裾を掴んでぐいと引っ張った。

 待ちきれなくて、昼寝から覚めてすぐ浴衣に着替えていた美雨が腰の辺りに纏わりつくと、真っ赤な兵児帯が揺れて、お祭りの屋台の下、ゆらゆらと泳ぐ金魚を思い出す。

「お仕事、もうちょっとかかるみたい」

 私が言うと、美雨はふっくらとした頬っぺたをさらにぷうと膨らませた。

「そんなに怒らないのよ。もうすぐ帰って来るはずだから」

 早く行きたいと唇を尖らせる美雨の両頬に、そっと手を当ててみる。

 子どもの肌は、どうしてこんなにしっとりとしているのだろう。

「きっとすぐよ、美雨」

 名前を呼び、目蓋を伏せる。

 美雨が生まれた朝の空気に、全身を包まれたような気がした。


「ごめんね、達哉」

 美雨は結局、達哉の帰りを待つことが出来なかった。

 私が目を離している隙に、近くに住む祖父に電話をかけ、呼び出していた。

「今日はおじいちゃんとお祭りに行って、おじいちゃんちにお泊りしてくるから」

 私にそう告げるとさっさと気に入りのおもちゃをまとめ、義父が運転する車に乗り込んでしまった。

「すまないね、香奈さん。美雨はちゃんと明日送り届けるから」

 慌ててお泊り用の荷物を纏めて手渡すと、義父は肩を竦めてそう言った。

 口では謝りつつも、美雨からお泊りまでねだられて義父もまんざらではなさそうだ。

 義父と達哉は、顔を合わせれば美雨を巡って張り合ってばかりいる。

 ずっと不仲で、達哉が実家に帰ることもしなかった頃を思えば、微笑ましいことではあるのだけれど。

 美雨を義父に取られると、達哉の機嫌はなかなか戻らない。

「先に美雨と約束したのは俺なのに」

 自分が遅く帰ったことは棚に上げて、ぶつぶつ文句を言っている。

 家に帰って早々、乱暴にネクタイを引っ張って胸元のボタンを外し、着替えもせずにソファーでビールを呷る達哉の姿を見て、私はため息を零した。