「香奈なら、何よりもまず子どものことを考えると思ったんだ。自分のことよりも、子どもにとって一番いい方法を考えるって。だから俺は、わかっててあのとき……」
「違う。違うよ上村」
私は、声を震わせ下を向く上村の頬に両手を当て引き寄せた。
上村はたぶん、あのときのことをずっと後悔していたのだろう。
私のことを無理やり抱いたのだと。でも、それは違う。
「私はあのとき、自分の意志でそうしたの。決して無理やりでもあなたに流されたわけでもない」
「香奈……」
「それに、子どもができたってわかったときは本当に嬉しかった。子どもの存在が、母さんを亡くして落ち込んでいた私に力をくれたの。この子はきっと、母さんが私にくれた最後のプレゼントなんだって思ったわ」
上村から目を逸らすことなく、私は一言ひとことを噛み締めるように声にした。
どうかこのことで、上村が心の中に僅かな憂いも残しませんように。
そう願いながら。
「それに私は、上村の子どもだから産みたいって思ったの。たとえ誰かに反対されても、この子だけは私が絶対に守り抜くって強く思った。だからもう悩まないで。どんなに些細なひっかかりでもいいから、ちゃんと話して。決して一人で抱え込まないで。家族になるんでしょう、私たち」
「香奈……」
上村の表情が明るくなる。彼の心の靄が、少しずつ晴れていくのがわかった。
あなたの心が暗い場所に沈んでしまいそうになったら、いつでも私がそこから連れ出してあげる。
一人でもがき苦しむかっての私を、あなたが優しく包んでくれたように。
自分から切り出した話題なのに、胸がいっぱいで何も言えなくなってしまった。
すぐ傍に上村の気配を感じた。互いの唇が磁力を持ち、引き寄せられる。
上村に応えようと目蓋を伏せたとき、ハタと思い出した。そうだ! 上村は、勘違いしている。これからお腹のなかでどんどん大きくなる子どものためにも、これだけは言っておかなくては。
「あのね、上村」
「な、なに?」
不意をつかれて驚いたのか、上村は慌てて私から身体を離した。
「お腹の子どものためにもとても大切なことなの」
「……はい」
真剣な私につられるようにして、上村も居住まいを正す。
「上村はさ、いつもグレープフルーツばっかり買ってくるけど、お腹の子のためにはそれじゃあダメなのよ?」
「はあ?」
まさかここでグレープフルーツの話になるとは思っていなかったんだろう。上村は少し気の抜けたような表情になった。
「確かにグレープフルーツにも赤ちゃんい必要な栄養素は含まれているけど、別にそればっかり食べてればいいってわけじゃないからね。葉酸を含む食品は他にもいっぱいあるから、どれもバランスよく摂らなくちゃいけなにの。だからさ、次からはグレープフルーツばっかりじゃなくて、他のも持ってきて。たとえば……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
何を思ったのか、上村は唇を噛んで必死に笑いを堪えてる。
「何よ、人が真面目に」
「うん、香奈はきっといい母親になるよ。ちょっと真面目すぎるのがあれだけど」
そう言うと、上村は子どもにするみたいに私の頭をぽんぽんと撫でた。
……一応私、年上のはずなんですが。そんなことをされるのは初めてで、なんだか照れてしまう。
「それにさ、俺が買ってくるんじゃなくて、一緒に買いに行けばいいでしょ。これからはずっと一緒にいるんだから」
「……あ、そっか」
私がそう言うと、上村はまた「ふはっ」と変な声を出して笑った。
「わかった? じゃあ、続き」
あっという間に上村が後ろから身体を包み込んで、私は逃げ切れなくなった。本当は照れくさくてキスを逸らしたの、ばれてたのかな?
上村の『これから』には、もう私がいる。
私は、今度こそ逃げ出さずに、愛しい人の唇を受け止めた。
-fin-
「違う。違うよ上村」
私は、声を震わせ下を向く上村の頬に両手を当て引き寄せた。
上村はたぶん、あのときのことをずっと後悔していたのだろう。
私のことを無理やり抱いたのだと。でも、それは違う。
「私はあのとき、自分の意志でそうしたの。決して無理やりでもあなたに流されたわけでもない」
「香奈……」
「それに、子どもができたってわかったときは本当に嬉しかった。子どもの存在が、母さんを亡くして落ち込んでいた私に力をくれたの。この子はきっと、母さんが私にくれた最後のプレゼントなんだって思ったわ」
上村から目を逸らすことなく、私は一言ひとことを噛み締めるように声にした。
どうかこのことで、上村が心の中に僅かな憂いも残しませんように。
そう願いながら。
「それに私は、上村の子どもだから産みたいって思ったの。たとえ誰かに反対されても、この子だけは私が絶対に守り抜くって強く思った。だからもう悩まないで。どんなに些細なひっかかりでもいいから、ちゃんと話して。決して一人で抱え込まないで。家族になるんでしょう、私たち」
「香奈……」
上村の表情が明るくなる。彼の心の靄が、少しずつ晴れていくのがわかった。
あなたの心が暗い場所に沈んでしまいそうになったら、いつでも私がそこから連れ出してあげる。
一人でもがき苦しむかっての私を、あなたが優しく包んでくれたように。
自分から切り出した話題なのに、胸がいっぱいで何も言えなくなってしまった。
すぐ傍に上村の気配を感じた。互いの唇が磁力を持ち、引き寄せられる。
上村に応えようと目蓋を伏せたとき、ハタと思い出した。そうだ! 上村は、勘違いしている。これからお腹のなかでどんどん大きくなる子どものためにも、これだけは言っておかなくては。
「あのね、上村」
「な、なに?」
不意をつかれて驚いたのか、上村は慌てて私から身体を離した。
「お腹の子どものためにもとても大切なことなの」
「……はい」
真剣な私につられるようにして、上村も居住まいを正す。
「上村はさ、いつもグレープフルーツばっかり買ってくるけど、お腹の子のためにはそれじゃあダメなのよ?」
「はあ?」
まさかここでグレープフルーツの話になるとは思っていなかったんだろう。上村は少し気の抜けたような表情になった。
「確かにグレープフルーツにも赤ちゃんい必要な栄養素は含まれているけど、別にそればっかり食べてればいいってわけじゃないからね。葉酸を含む食品は他にもいっぱいあるから、どれもバランスよく摂らなくちゃいけなにの。だからさ、次からはグレープフルーツばっかりじゃなくて、他のも持ってきて。たとえば……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
何を思ったのか、上村は唇を噛んで必死に笑いを堪えてる。
「何よ、人が真面目に」
「うん、香奈はきっといい母親になるよ。ちょっと真面目すぎるのがあれだけど」
そう言うと、上村は子どもにするみたいに私の頭をぽんぽんと撫でた。
……一応私、年上のはずなんですが。そんなことをされるのは初めてで、なんだか照れてしまう。
「それにさ、俺が買ってくるんじゃなくて、一緒に買いに行けばいいでしょ。これからはずっと一緒にいるんだから」
「……あ、そっか」
私がそう言うと、上村はまた「ふはっ」と変な声を出して笑った。
「わかった? じゃあ、続き」
あっという間に上村が後ろから身体を包み込んで、私は逃げ切れなくなった。本当は照れくさくてキスを逸らしたの、ばれてたのかな?
上村の『これから』には、もう私がいる。
私は、今度こそ逃げ出さずに、愛しい人の唇を受け止めた。
-fin-