「運転手さん、黎明(れいめい)ホテルまでお願いします」
 上村が告げたのは、繁華街から少し離れた、高台にあるホテルだった。
「街中に戻らないの?」
「会社のやつらに会ったら面倒でしょう? ゆっくり夜景でも眺めながら飲みませんか」
 確かに、一次会の間、上村は女の子たちに囲まれつつ、上司の相手もこなして大変そうだった。さすがの上村も、気を遣いすぎて疲れたんだろう。
「わかったわ」
 私がうなずくと、上村は笑顔を見せた。
                                   
「それで、向こうはどうだった?」
 窓ガラス越しに、煌く夜景が広がる。
寡黙なバーテンダーが鳴らすリズミカルなシェイカーの音を聞きながら、私と上村は静かにグラスを合わせた。
「勉強になりましたよ。まさか新人の自分が事業立ち上げのメンバーに入れてもらえるなんて思ってもみなかったですし」
「よっぽど期待されているのね。次の配属先が外食事業部っていうのはちょっと意外だったけれど」
 うちの会社で出世コースといったら、やっぱりエネルギー事業部だろう。
それを敢えてうちの部に配属したのは、会社にも何か考えがあってのことなのかもしれないけれど。
「まあ、色々な部署で経験を積むのは、自分にとってもプラスになりますからね。俺も先輩のように部内で関わってる案件は一通り把握したいんで、これからよろしくお願いします」
「……こちらこそ」
 上村の言葉に驚いた。
 一般職の私は、営業職の事務サポートが主な仕事で、仕事の範囲はごく限られている。
それを超えて、私が顧客情報や交渉中の契約内容のすみずみまで把握しているのは、万が一の時のため保険だ。
いつでも色々な形で、部内全ての営業をサポートできるようにしていたい。自己満足と言われればそれまでだけれど。
 表立ってやっていることではないのに、この短期間に上村は、私の仕事ぶりをそこまで観察していたのかと正直驚いた。