「私やっぱり、三谷さんはバカだと思います」
「バカって……相変わらずね、美奈子。バカな人間に無理してつきあうことないわよ。私は一人でも平気なんだから」
「もう、またそういうこと言う。そんなふうに頑固だから、会社でもお局扱いされてたんですよ」
 真顔で私のことを叱る美奈子を見ていたら、つい吹き出してしまった。
 三月のよく晴れた水曜日。何故か美奈子と連れ立って妊婦検診に行くはめになった。
三月の頭には有給消化に入っていた私はともかく、平日だからいいと断わったのに、美奈子は有給を取ってまで病院に着いてきてくれた。
一人で子供を産む私のことが、心配なんだと言う。
「子供のこと知ってるの私だけだから、責任を感じるんです」
「ずいぶん真面目になったよね。ちょっと前までは合コンの女王だったのに」
そう言い返すと、「こっちは真面目なのに。ふざけないでください」と言ってまた怒られた。
やっぱり、美奈子はちょっと手強い。

 子供ができたとわかり初めて産婦人科を訪れた帰り道、バス停まで一人で歩いて帰るところをたまたま通りがかった美奈子に見られていた。
美奈子の実家が病院のすぐ近くで、週末を利用してちょうど帰省していたらしい。
 会社の給湯室に呼び出され美奈子に問い詰められた私は、父親の名は伏せたまま、子供ができたことを渋々白状した。てっきり嫌味の一つでも言われるのかと思いきや、美奈子は涙目になり、私を抱き締めてこう言った。
『大丈夫、私が力になりますから』
子どもは一人で育てると決めたものの、先の見えない未来に不安を抱えていた私が、美奈子のその一言でどれだけ励まされたかわからない。
「まさか私が美奈子に呼び出し食らうなんてね」
 今でも思い出すと、笑ってしまう。
いがみ合っていたときもあったのに、私のことを真剣に思ってくれて、素直にありがたいと思えた。
「これでも私、ちょっとは三谷さんのこと尊敬してたんです。三谷さんがオアシス部に異動になって、しばらく外食部はパニックだったし。仕事の割り振りとかみんなのフォローとか、見えないところで色々やっててくれたんだなって。それなのに、いつの間にか会社も辞めちゃうし!」
「もう、そんなに大きな声出して。お腹の子がびっくりしちゃうでしょ」
「あっ、すみません」
 冗談のつもりだったのに、美奈子は真に受けて両手で口を押えて黙ってしまった。この子も根は真面目なのだ。かわいくて、ついからかいたくもなる。
一人で不安になることもあるけれど、そんな私を美奈子が支えてくれているのもまた事実だった。
 岩井田さんからの話は、きちんと断わった。
父親の名前は出さずに妊娠のことを告げると、岩井田さんは驚きつつも納得してくれた。そして、まるで自分のことのように心配もしてくれた。
こんな私のことを好きだと言ってくれて、本当に嬉しかったし、何より自分の将来を見つめなおすきっかけをくれた岩井田さんには、心から感謝している。