「残念だなあ、本当に。気持ちは変わらないの?」
「はい、申し訳ありません」
 一月も後数日で終わりという頃。館山部長の手が空いた隙を狙って、私は彼をオアシス部の隣にあるミーティングルームに呼び出した。部長には、たった今三月末で退職したいと申し出たばかりだ。
「ひょっとして結婚? それとも三谷さんなら転職かな」
「いえ、そのどちらでもありません」
 そう言うと、部長は困ったような顔をした。
「……そう、それで君はこれからやっていけるの?」
「はい。自分の蓄えと母が残してくれたものが少しはありますので、当分は」
 私の言葉に安心したのか、部長はホッと息を吐き出した。この人も、部下思いのいい上司だった。外食部の野々村部長といい、本当に私は上司に恵まれていた。

 産婦人科でもらった子供のエコー写真を見ていたら急に懐かしくなって、押入れの奥から昔のアルバムを引っ張り出した。
昔からそういうところはまめだった母が撮り溜めたアルバムは、私のものだけで五冊もある。
その中の一冊、母の手製の振袖を着た成人式の写真が貼られたページに、見覚えのない白い封筒がはさまっていた。
それは、母からの手紙だった。

 『香奈へ
 側にいてあげられなくて、本当にごめんなさい。
 香奈がいてくれたおかげで、私はずっと幸せだった。
 私もあなたが幸せになるのを見届けたかった。
 そうできなかった私を許してください。
 これはあなたの結婚資金として貯めていたお金です。
 お金は自分自身のために使ってください。
 香奈が本当に幸せだと思える生き方をしてください。
 香奈、愛してる………』