「三谷さん、もう出てこられたんですか?」
「岩井田さん、あけましておめでとうございます」
 早朝のオアシス部で、まだ正月休みを引きずっているらしい、眠そうな目をした岩井田さんに頭を下げた。
「年末は、色々とありがとうございました」
 クリスマスだというのに、母の葬儀には会社からもたくさんの人が駆けつけてくれた。岩井田さんもその一人だ。
「その、もう大丈夫なのかな。こんなこと聞くのもあれなんだけど……」
不安気に私を覗きこむ岩井田さんにこれ以上心配をかけたくなくて、私はにっこりと微笑んだ。
「私は大丈夫ですよ、岩井田さん」
それなのに、岩井田さんの顔はなぜかまだ晴れない。
「……本当に?」
「岩井田さんって、案外心配性ですよね」
 眼鏡の奥、私に心配そうな視線を向ける岩井田さんに、私はもう一度微笑んでみせた。
「いや、だって……君葬儀の時、一度も涙を流さなかったから……」
 ――気づかれていた。
 母が亡くなってすぐは、母がもういないことが信じられなくて。……なんだか嘘のようで、しばらくぼんやりとしていた。
通夜や葬儀のときは、やらなければいけないこと、決めなくてはいけないことがたくさんあって、とにかくそれに追われていた。
私は母の死を実感する間もなく、気がつけば全てが終わっていた。
 本当は今このときも、悪い夢を見ていたような気がしている。
元気だった頃の母がひょっこりと姿を現して、『香奈』と笑いかけてくれるような気がしてならない。
「……泣かないってことは、もう大丈夫ってことですよ、岩井田さん」
 『私は大丈夫』
 ちぐはぐな心とはうらはらに、こうして今日も私は、自分の心に暗示をかける。