「母さん!!」
 乱れた息を整える間もなく、病室に駆け込んだ。
母はもう顔に色もなく、酸素マスクをつけていても苦しくてたまらないようだった。
「ご家族の方ですか? どうぞ、こちらに」
 ずっと母を担当してくれていた看護師に肩を抱かれ、母の元へと歩み寄る。膝をついて母の顔を覗き込む。力なく置かれた手を取り、そっと握り締めた。
「母さん私、香奈よ。お願い目を開けて」
 両手で握り締めた母の手を額に寄せ、きつく目を閉じた。
「母さん、今日はクリスマスイブよ。今年は私一人でケーキ作ってみたの。一緒に食べよう……」
 いくら私が語りかけても、母が目を開ける気配はない。溢れる涙で、母の顔が歪んで見えた。
 ……泣いてちゃダメだ。ちゃんと自分一人で向き合うって決めたじゃない。
 溢れる涙を止めようと、歯を食いしばり自分で自分を叱咤する。震える手のひらで涙を拭いて、顔を上げた。もう一度、母に呼びかけてみる。
 「母さん、お願いだから……目を開けて!!」
 私の呼びかけに反応したのか、ずっと閉じられていた母の目蓋がぴくりと動いた。ゆっくりと何度か瞬きをしながら目を開ける。おぼろげな視線が私を捉えると、母の目から一粒涙がこぼれた。
「母さん、大丈夫よ。私がいるからもう大丈夫」
 母はゆっくりと私に微笑むと、酸素マスクを指差した。私は頷いて、母の口からマスクを外す。
「……母さん?」
 母は浅く呼吸を繰り返すと、そっと私の頬に触れた。
幼い頃、なかなか寝付けない私にそうしてくれたように、濡れた目蓋を優しく撫でる。……涙が、止まらなかった。
「香奈……、自分に正直に。幸せに……なってね」
 母の細い指が、私の頬を滑り落ちた。
「かあ、さん?」
 甲高い電子音が部屋中に鳴り響く。
――いつの間に来ていたのか、母を受け持つ初老の医師が、淡々とした声で母の死を告げた。