「えっ、上村? 二次会に行ったんじゃなかったの?」
「よろよろ歩く二人が見えたんで、こっそり抜けてきました。先輩一人じゃ大変でしょう?」
「そんな。今日は上村の歓迎会でもあるのに……」
「もうみんな出来上がってるし、抜けたって構わないでしょう。俺が手伝います」
「ほんと? 助かるわ。ありがとう」
 正直に言って、上村の申し出はありがたかった。
響子はもう私の声掛けにも応じない。自分で動けないほど酔うなんて、もうちょっと考えて飲んでくれたらいいのだけれど。毎回私がどんなに言っても、なかなか改善しない。

 アーケード街を抜けると、やはりタクシーはすぐに捕まった。
唐湊(とそ)郵便局の方へ向かってください」
「へえ中山、唐湊なんですか」
「響子K大卒でしょ? 学生の時からマンション変えてないのよ」
「ああ、引越しとか面倒くさがりそうですもんね」
 すっかり寝入っている響子の顔を見て、上村はくすりと笑った。
「上村、飲み会では変な態度取ってごめんね。上村ってもてるから、その……色々と面倒なんだよね」
 私は、飲み会でつれない態度を取って、つい上村を邪険にしてしまったことを謝った。
わざわざ席を移ってまで挨拶に来てくれたのに悪いことをしたな、とは思ってたから。
「ああ、別に気にしてないですよ。職場に女性が多いのも大変そうですね」
 私に肩を預け寝息を立てている響子の頭越しに、目尻を下げる上村が見えた。
「職場では、仕事のことだけ考えていられたらいいんだけどね」
 ふと私がこぼした言葉に、上村が敏感に反応した。
「……先輩ってそんなに仕事人間でしたっけ?」
「え? なに?」
「先輩を見てると、なんだかわざと人を遠ざけてるみたいな気がして。まあ、中山だけは例外みたいだけど」
 上村は顔をこちらに向けると、その目で私を捉えた。
「まるで何かを忘れるために、仕事ばっかりしているみたい」
 上村の言葉が、容赦なく胸に突き刺ささる。
返す言葉を思いつかなくて、私は不機嫌さを隠すこともなくそのまま押し黙った。

 響子の部屋の前でタクシーを降りると、私はとりあえず上村に会計を頼み、響子をタクシーの外に連れ出した。
 上村と二人で響子を支え、なんとか無事に部屋へと送り届けた。響子の部屋をロックして、部屋の鍵を玄関ドアの新聞受けに入れておく。
 マンションのエントランスを出ると、先ほどのタクシーはなぜかまだ停まったままだった。
「あれ私、上村に会計頼まなかったっけ?」
 私が聞くと、上村はやんわりと微笑んだ。
「俺が待ってるよう頼んだんです。先輩、良かったらこの後、飲みに行きませんか?」
「えっ、今から?」
 タクシーの中でちょっと険悪なムードになったから、まさか誘われるなんて思わなかった。
「お酒でだって、嫌なこと忘れられるんですよ」
「……上村?」
 いつもの私なら、そんな誘い絶対に乗らない。それなのに、何故か私は頷いていた。
「行きましょう」
「……うん」
 私は上村に促されるまま、待たせてあったタクシーに再び乗り込んだ。