胸がすっとするような、爽やか香りで目が覚めた。
重たく横たわる体を、ゆっくりと起こす。香りの正体は、枕元に置かれたグレープフルーツだった。
「……やだ、上村。最後まで」
手に取ると、みっちりと重い。
顔に近づけて、懐かしいその香りを思う存分吸い込んだ。

 通勤服に着替えてカーテンを開けると、外は真っ白な世界に変わっていた。
ベランダに出て、冷たい朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
手すりに積もった雪を指先で掬い取った。雪は儚くて、私の体温であっという間に解けてなくなってしまう。
 結局、上村を苦しめているものの正体は私にはわからなかった。
――でも、それでいい。
あの夏の夜、私が上村に救われたように、私との時間が、一瞬でも上村を解き放つことができたなら。
この恋はちゃんと意味のあるものだったと、胸を張ることができる。
 部屋に鍵をかけ、冷えた空気の中に一歩踏み出す。
ここ数ヶ月溜め込んだ胸のもやもやを、白い息にのせ、生まれ変わった朝の街に向かって吹き飛ばした。