「前に約束したでしょう。覚えているかな?」
「覚えてます」
「そう、よかった」
赤信号で停車した車の中で、岩井田さんは私に向かって微笑んだ。
フロントガラス越しに、信号の青が滲む。岩井田さんはギアを入れ替えて、話を続けた。
「前に見てもらった蔵を改装したカフェ、とうとう完成したんだ。クリスマスイブにはオープンだよ」
「クリスマスイブに? ……ロマンティックですね」
「オープンに合わせて、友人がサプライズでクリスマスツリーを作ったんだ。どうしてもそれを見てもらいたくて」
 近くのパーキングに車を停め、そこからまた岩井田さんの傘に入れてもらいカフェを目指した。
「ほらあそこ、ツリーの電飾が見えてる」
一歩ずつ細い路地を進んでいくと、建物の合間に七色に光輝くクリスマスツリーが見えた。二階建てのカフェより少し低いくらいの、立派なクリスマスツリーだ。
「……素敵です。カフェもクリスマスツリーも」
壁一面の蔦はそのままに、屋根はキュートな赤色に葺き替え、大きな鉄製の扉はぬくもりを感じる木製のものに変えられている。
そしてその扉のすぐ横に立つ立派なもみの木が、贅沢に飾り付けられていた。「石蔵だから夏は涼しいんだけど、冬場は結構冷えるから、中に大きめの薪ストーブを設置してる。それがまたドイツ製の味のあるやつでさ。オーナーは50代の女性なんだけど、夫婦で音楽好きらしくて、ライブスペースも設けてあるんだ。実はアイデアは僕が出したんだけど、友人が提案したらすごく喜んでくれたらしくて。さっそくオープン日にクリスマスライブをやることになったんだよ」
「そうなんですか」
普段は落ち着いている岩井田さんが、子供のようにはしゃいでいる。
興奮して話す彼の周りに白い息がまとわりつく。降り続く粉雪が、クリスマスツリーを白く染めはじめていた。
華やかなクリスマスパーティの様子が目に浮かぶようだ。私にまで、彼の楽しさが伝染してきたみたいで、自然と笑みが零れた。
「岩井田さん、いきいきしてる。本当にこの仕事が好きなんですね」
「そうだね。全く不安がないかといったら嘘になるけど……。でも、今から楽しみで仕方ない。僕がずっとやりたかったのはこういうことなんだなあってしみじみ思うよ」
「羨ましいです。私、ずっと仕事には責任を持って向き合ってきたつもりだけど、仕事に対して岩井田さんのような情熱があるかと言われたら、それは自信がない」
ある日私が突然いなくなっても、簡単に代わりがきくんじゃないかと、漠然とそんな不安も抱えていた。君が必要なんだと言われたくてずっと頑張ってきた。