「三谷さん、岩井田さんにファックス届いてますけど」
「預かります。ありがとう」
 後輩が持って来てくれたファックスを受け取り、岩井田さんのデスクに置く。
 岩井田さんは、朝からコンサルタントとのミーティングに入っている。
何かトラブルでも起きたのか、部長をはじめ営業社員たちもずっと会議室に詰めたままだ。予定の時間を過ぎても、一向に終わる気配がない。
「だいぶ長引いてますね」
「そうね。もうすぐ終わるとは思うんだけど」
「参ったな、私書類のチェック待ちなんだけどなー」
 彼女の上司は大手のスポーツ用品店を担当している。もちろんその上司も、朝から会議室に籠りきりだ。
「こんなに揉めるような案件ありましたっけ?」
「んー、どうだったかな」
 後輩と二人で首を傾げていると、内線の呼び出し音がなった。後輩に断り、受話器を取る。
「はい、オアシス部三谷です」
『三谷さん、僕です』
 電話は岩井田さんからだった。
『僕のデスクの上に青いファイルが出してあると思うんだけど……』
「ああ、あります」
『悪いんだけど、第二会議室まで持ってきてくれないかな。あと、よかったらお茶も。その、みんな気分転換が必要みたいだ』
 電話越しに声を聞くだけで、岩井田さんが苦笑いしているのがわかる。話が行き詰って、みんなイライラしているんだろう。岩井田さんらしい気遣いだなと思った。
「わかりました。すぐにお持ちします」
『助かるよ、それじゃ』
「ごめんなさい、ちょっと第二会議室行って来ます」
 私は受話器を置くと、近くの席の女子社員に声をかけ、席を立った。
 今日のミーティングには、麻倉さんも参加している。もちろん、上村もだ。朝から部内で親しげに言葉を交わす二人のことを、私も見ていた。その様子を見て、こそこそ耳打ちをする女子社員たちもいたから、社内でも二人のことが広まっているのかもしれない。
「……仕事だ、しっかりしろ香奈」
 小声でそう呟いて、自分に喝を入れる。一度、大きく深呼吸をして、第二会議室のドアの前に立った。
「そんなありきたりの案で、本当に集客効果が高まると思ってるんですか?」
 閉じられたドアの向こうから、厳しい口調で意見を述べる麻倉さんの声が聞こえた。
「失礼します」
 一瞬躊躇ったけれど、私は小さくドアをノックして会議室に入った。気が付いた岩井田さんと視線が合う。
 入り口近くにある予備のテーブルに一旦お茶を載せたお盆を置き、楕円状に並ぶ机に沿ってぐるりと回って、入り口とは反対側の席に座る岩井田さんのもとへと向かう。
「岩井田さん、ファイルこれでよろしいですか?」
「ありがとう、三谷さん」
「お茶お出ししますね」
「頼むよ」
 私がお茶を配る間も、麻倉さんとうちの部長や社員たちとの激しい議論は続いていた。
 麻倉さんは相手が男性であろうと、自分より目上の人だろうと容赦はしない。でも、口調は激しいけれど、決して感情的になっているわけではない。こちら側の意見をきちんと聞き、咀嚼した上でその問題点を挙げていく。
はじめは渋い顔をしていた部長たちも、徐々に麻倉さんの話に説得されつつあるのがわかった。