「えっ、……ここですか?」
 その後、岩井田さんが私を連れて向かったのは、『リストランテHira』だった。
以前上村が連れてきてくれたレストランだ。このレストランはオアシスタウンに入ることが決まっていて、上村の担当先でもある。
「そう、ここの担当の上村くんからすごくいい店だって聞いて、一度行ってみたかったんだ」
「そうなんですか……」
「どうしたの、三谷さん。イタリアンは苦手?」
 不安気に私を覗きこむ岩井田さんに、慌てて両手を振る。
「いえ、大好きです。ただ一度来たことがあったんで、ちょっと驚いて」
「そうなんだ。……まあとりあえず、入ろうか」
「はい」
 今目の前にいるのは岩井田さんなのに、上村のことを思い出して沈むなんて失礼だ。今日は純粋に食事を楽しもう。
私はそう気分を切り替え、店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、ご予約の岩井田様ですね」
 岩井田さんが名前を名乗ると、ホール担当の女性が席へと案内してくれた。
前回上村と来た時は個室だったけれど、今日の席はホールの窓側の席だった。
この席からも、ガラス越しにレストランの中庭のグリーンや花壇に植えられた季節の花々が見える。
「じゃあ、とりあえず乾杯ってことで」
「はい」
 私と岩井田さんは、華奢なグラスを合わせ乾杯をした。
岩井田さんがオーダーしたのは、上品で美しい黄金色の泡が立つシャンパーニュ。すっきりと甘くて、ワインよりも飲みやすい。
「……ああ、美味しいね」
「岩井田さん、お酒大丈夫なんですか?」
 いつも一緒に飲みに行くたび私に付き合ってくれるけど、以前岩井田さんはお酒が苦手だと言っていた。
「これくらいは大丈夫ですよ。でも本当のこと言うと、一口目が一番うまい」
「ふふ、岩井田さんって本当に面白いですよね」
 私は一杯目を飲み干して、空になったグラスをテーブルに置いた。
「うわー。でも到底三谷さんには敵わないなあ。もう一杯いかかです?」
「もちろんいただきます」
 岩井田さんは近くにいたウエイターを呼ぶと、嬉れしそうに私の分のおかわりをオーダーした。
「そういえば、例の彼女は大丈夫でしたか?」
「ああ、外食部の相良さん? 大丈夫です。変なふうに受け取らないでくれたみたいで」
「ああそうなんだ。……いや、ホッとしました」
 おかしな噂が流れるんじゃないかと心配していたけれど、結局美奈子は、私と岩井田さんのことを誰にも口外しなかったようだ。
響子も言っていた通り、今は外食部での仕事で頭がいっぱいなのかもしれない。