岩井田さんが待ち合わせに指定してきたのは、別館もある老舗デパートの裏手にある喫茶店だった。
一昔前にタイムスリップしたような、モダンで雰囲気のあるお店が立ち並ぶ通りを歩いて、待ち合わせの店へと向かう。
喫茶店の入り口のドアを開けると、ドアベルがカラコロと牧歌的な音を奏でた。
「あ、三谷さんこっち」
 岩井田さんは、入り口に近いテーブル席でコーヒーを飲んで待っていた。
「岩井田さんすみません、お待たせして」
「いや、僕も来たばかりだから。三谷さんもコーヒーでいいかな」
「はい」
 岩井田さんは顔見知りらしいウェイターに追加のオーダーをすると、私の分のコーヒーがテーブルに届くのを待って話しはじめた。
「実は食事に行く前に三谷さんに見て欲しいものがあるんだ」
「何ですか?」
「それは……まあ、行ってからのお楽しみ」
 コーヒーを飲み終え喫茶店を出ると、岩井田さんはさらに通りの奥へと進んでいく。途中で角を曲がり一つ奥の通りに入ると、ようやく岩井田さんは立ち止まった。
「岩井田さん、ここは?」
 そこは、古い石造りの蔵のようだった。繁華街の近くに、こんな建物が取り壊されることもなく残っているなんて。
「三谷さん、ごめんね。仕事の話はしないって言ってたんだけど……。来週から工事が始まっちゃうから、その前に一度、三谷さんにも見てもらいたくて」
「工事? ここ、取り壊されちゃうんですか?」
「いや、カフェに改築するんだ。前に話した建築をやってる友人が担当してる」
「お友達って、岩井田さんと一緒に会社を立ち上げる予定の?」
 私が尋ねると、岩井田さんはこくりと頷いた。
「そう。彼が今勤めてる会社で、最後に受け持つ仕事なんだ」
「最後って……じゃあいよいよ?」
「うん、来春には僕らの会社を立ち上げることになった。これから僕らが始めようとしていることを、三谷さんにも見ておいて欲しくて。あと2ヶ月もすればここはカフェに生まれ変わる。良かったらその時にまた、俺と一緒に見に来てくれないかな」
 この古くて堅牢な石蔵が、彼らの手で一体どういう風に生まれ変わるのか、私も見てみたいと思った。
「……わかりました。楽しみです、私も」
「約束だよ」
 私の言葉に、岩井田さんは安堵の笑みを浮かべた。