それまでは気にならなかったのに、ふとしたことをきっかけに気になって仕方がなくなることってある。
麻倉さんのことがそうだった。
 これまでだって、麻倉さんは打ち合わせでちょくちょくオアシス部に顔を出していた。
彼女はうちの担当なんだから、それは当たり前のこと。
私だって今までは彼女と顔を合わせれば、軽く会話も交わしてきた。
 でも、一度上村と一緒のところを見てしまってからは、彼女の一挙一動が気になって仕方がない。
 今日もあの扉の向こうのミーティング室に彼女がいる。
でも上村は、朝から商談に直行している。
二人一緒のところを見なくてすんで、正直私はホッとしていた。
「三谷さん、岩井田さんの帰社時間ってわかります?」
「あ、今日はね――」
 後輩に話しかけられて、ようやく意識が仕事に戻る。
こんな自分は嫌だ。こんなふうに人を窺ってばかりの自分は。
自分で蒔いた種なのに、息が詰まりそうだった。

「え、明日ですか?」
「うん、空いてないかな」
 定時後、どうしても今日中に確認してもらいたい書類があり、私はデスクでずっと岩井田さんの帰社を待っていた。
 金曜日の午後7時。もうオフィスには私と岩井田さんしかいない。
「この間のお詫びと言ったらあれだけど、食事でもどうかなと思って」
「そんな、お気遣いいただかなくても……」
「それに、明日は仕事の話は一切しない。約束するよ」
 それはつまり、引き抜きの話は無しで、純粋に食事を楽しもうということだ。
 最近は上村とのこともあって、何かと落ち込みがちだった。気分転換にはいいかもしれない。
「……そうですね、行きましょうか!」
「よかった! 前から行ってみたいと思ってた店があるんだ」
 私にも、気晴らしが必要なのかもしれない。岩井田さんとなら、楽しい時間を過ごせそうだと思った。
「楽しみにしてるよ」
「私も楽しみにしてます」
 岩井田さんに、笑顔に頷いた。