「俺の居ない間に何かあったんですか?」
「そーなのよ、上村くん! 実はさー」
「響子!!」
(それ以上しゃべったら置いて帰るわよ!)
調子に乗って余計なことまで話しそうな響子を睨み付けて念を送る。
私の顔を見て「ヤバイ!」と思ったのか、響子は咄嗟に口を噤んだ。
「別に何にもないわよ。そんなことよりほら、野々村部長が待ってるわよ。
私たちのことはいいから、早く戻ってあげたら?」
 上村の注意を私から逸らしたくて、わざと部長の名前を持ち出した。
心の中でだけ、『早くあっちへ行け』と舌を出す。
「それも……そうですね」
周りが若い女の子ばかりで、話し相手がいなくて部長が退屈そうにしていることに気がついたのか、ようやく上村が腰を上げた。上村が戻ることを察知して、美奈子が慌てて笑顔を作る。
(……何よあれ、まるで百面相だわ。)
あからさまな美奈子の態度に、つい苦笑が漏れる。
「じゃあ先輩。中山も、これからよろしくお願いします」
 上村はコップのビールを飲み干すと、響子の肩を軽く叩き部長のもとへと戻っていった。
 やっと上村がいなくなった。せっかく挨拶に来てくれた上村には悪いけれど、これで楽しくお酒が飲める!!
「あー、ビールが美味しい!! 響子、おかわり頼む?」
 上機嫌でジョッキを置くと、響子は不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「何よその顔。せっかくの美人が台無しよ」
「三谷さーん、どーして上村くんのこと帰しちゃうんですか? せっかく久しぶりに三人揃ったのに……」
 どうして響子がそこまでこの三人にこだわるのか、今まで不思議に思っていたのだけれど。
厳しい新入社員時代を一緒に乗り切ったメンバーだから、彼女なりに、特別な思い入れがあるのかもしれない。
そう考えたら、響子のことがなんだか余計に可愛く思えた。
「まあ響子はそう言うけどさ、響子も見たでしょ? 美奈子のあの顔」
「……見ました」
 そう言うと、響子は堪らずブッと噴き出した。
 外食事業部の女の子たちは、美奈子に掌握されていると言っていい。
美奈子の機嫌次第で私への嫌がらせがエスカレートして、業務に支障が出ないともないとも限らない。仕事に影響を及ぼすような事態だけは、絶対に避けたいのだ。
「だからさ、あの子のこと怒らせると面倒じゃない。あれ、響子……?」
 ジョッキを片手に視線を向かいの席に戻すと、響子はテーブルに肘をついてスースー寝息を立てていた。