その日の帰りのバスは人が少なかった。

「遠藤くん」
ただぼうっと座っていると呼ばれた。
「田村」
そこには田村の姿があった。
「隣、いい?」
「あぁ」

隣に座ってきたものの、しばらく沈黙が訪れた。
ただ、バスが揺れる音だけ。

少しして「あのさ」と、田村が気まずそうに話し始めた。
「梨花から聞いたんだけど、梨花、東京行っちゃうんだってね」
田村には言ってたんだ。
なんで俺には…
ちょっとした喪失感の中、
「あぁ」
小さな声で、返した。
「私、梨花から聞いたとき、行かないでって、つい、言っちゃったんだよね。最低だよね」
俺は、うつむいたまま黙った。
「多分、何度も何度も考えたんだろうね。今の環境、全部捨てて、行かないといけないから。でも、私が何言っても、梨花はごめんねとは言うんだけど、ずっと行くって言ってた」
彼女は一度決めればそう簡単には変えない。
今まで近くで見てきたからこそなんとなく、理解できた。

「…でも、こないだから、梨花が、授業中にも涙を浮かべてるの。隣を見たら、いつもそう。どうしたのって聞いたら、亮一くんの事を嫌いになろうとしたら、もっと好きになっちゃったって、泣き笑いで言うの。私、なんで東京行くんだろうって」
俺は、黙ることしかできなかった。
「亮一くんと出会わなかったら、亮一くんはきっと、辛い想いをしなくて良かったのに。だから、過去を変えたかったんだって」
その瞬間、俺は、開いたバスのドアから飛び出していった。