弐
立て付けの悪いドアをこじ開け中に入る。
中はカビ臭く、全てがボロボロだった。
ソファも骨組みが見えてるし、受付は蜘蛛の巣が張っていてもう随分使われてないことがわかる。
綺麗好きの茨木は般若のような顔して辺りを見渡してるから精神的に既に相当ダメージを食らってんだろうな。
「おい。早く片付けるぞ」
「そうですね。早く帰りたいですし」
俺達が足を進めた。
その途端ーー。
ーーカチャ。
鍵がロックする音が聞こえ、茨木と同時に出入口の扉の方を向いた。
い、今鍵しまった音したよな?
一抹の不安がよぎり、俺はおもむろに扉に近づいて引いたり押したりした。
が、扉はビクともしない。
う、嘘だろ……閉じ込められた……?
茨木も真っ青な顔になって手から草のツルをにょろにょろと出し、扉に攻撃した。
それでも、扉はビクともしない。
なにこれ!? 大きなカブかよ!
それでも扉は開きませんってか!
別に俺達はビビってる訳では無い。ただ、俺の場合は出入口を確保しないとサボる時にサボれないから。
だって、こん中でサボってて不意に亡者に襲われたらキャーってなるじゃん? 怪我したら死にはしないけど痛いじゃん?
それと、茨木がここから出たい理由はたぶん普通に不潔なのが嫌なだけだろう。
茨木は窓とかもくまなく調べているが謎のバリアがはられてるらしく技が全て跳ね返されている。
「茨木、無駄な体力を使うな」
「……は、はい」
俺の言葉で正気に戻ったのか茨木は技を出すのをやめ落ち着いた。
さて、と。
俺達を閉じこめた命知らずの奴らはどーこだ?
「ーーあんれぇ? 人間かと思ったら鬼がかかっちゃった?」
背後から声がして後ろを振り向くと受付のテーブルのところに白髪を靡かせた金色の目を光らせてる男が座っていた。
頭には獣の耳が2つ顔をのぞかせていて背後には大きな尻尾が見える。
あいつは……あー……なるほど。そりゃ、俺達が呼ばれるわけだな。
ったく、閻魔も早く言えよ。
茨木も自分達が任務に駆り出された理由がわかったらしく、真剣な顔つきに変わっている。
この白髪男の名前は玉藻前。
かつては俺達と肩を並べるくらい強かった妖怪だ。だけど、そんな玉藻前がこんな小癪な真似して人間たちをおびき寄せてたのか……笑えるな。
俺ははっと鼻で笑い、挑発気味に言葉を吐いた。
「お前も落ちたもんだな! こうやってやらねぇと人間を食べれねぇのかよ!」
俺の挑発に玉藻前は動じず、むしろ頬笑みを浮かべて流した。
こいつ……スルースキルを身につけてやがる……
「村での悪さがバレて閻魔に捕まった君達に言われたくないね」
「「グハッ!」」
酒呑童子、茨木童子、共に百のダメージ。
それ言われたらなんも言い返せねぇじゃねぇか! HP0だよ! 泣くぞ!
俺と茨木は元々は悪い鬼だった。でも、閻魔率いる獄卒の大群に捕まって更生させられた。そして、今に至る。
力で物を言わせる俺達とは対照的に玉藻前は知能で人間を喰らい、閻魔達を惑わせていた。
だから、いつもは見つけられない玉藻前を見つけてチャンスとでも思ったんだろうな。
茨木は壁に手をつけながらフラフラと体制を整えると、震える指を玉藻前に向け声を張った。
「それだったら、貴方はニートじゃないですか! やーい! ニートニート! いい歳してニートの中二病!」
「グハッ!」
玉藻前に百のダメージ。
玉藻前は胸を抑え前のめりになった。
あ、自覚はあったんだな。
茨木は「やってやりましたよ!」とでも言わんばかりのドヤ顔をこちらに向けてくる。
俺も「よくやった」との意味を込めて親指を立てた。
「ふ……ふふっ……よくも僕をコケにしてくれたな……」
「だーかーら、そういう所が中二病くせぇんだよ」
「中二病言うな!」
完全に取り乱している玉藻前は目を爛々とさせている。
こいつのクールキャラ3分で終わったな。
「もう許さない……今から、お前らを制裁してやる」
いや、されるのはお前だからな。
と言いたかったが、先に進まなそうだからぐっと飲み込んだ。
茨木も同様だったらしくコクッとわかりやすく唾を飲み込んだ。
「だけどな、ただ制裁をするのはつまらない。今から、僕とゲームをしよう」
「ゲームですか?」
「そう。君達は鬼だから鬼ごっこでもしないか?」
すっかり調子を戻した玉藻前はクールキャラに戻って提案してきた。
いや、鬼だから鬼ごっこ好きとは限らねぇぞ? 少なくとも俺は嫌いだ。
最近体力無くなってきたから、さっき走ったので結構疲れた。
「いいですね。鬼ごっこなら酒呑が得意なので」
「おい。勝手に決めつけんな。俺は嫌だ」
「じゃあ、決まりだね」
「はい!」
「お前らは難聴なのか? 難聴だな。こんな近くの俺の声聞こえねぇなんて難聴に決まってるよな」
俺が必死に訴えるも2人に睨まれて口をキュッと閉じた。
ねぇ、神様、俺には人権はないのですか? ……え? 鬼だからない? じゃあ、革命起こして鬼権作っていいですか?
「それじゃあ、僕が鬼で10秒数えるからその間に逃げてね。もし、捕まったら君達は僕の血となり肉となってもらうから」
わぁ……典型的な中二病だぁ。ここまで来るとかっこよく見えてくるよぉ。
「それと、君達が勝利する方法は、僕がひとつだけ結界を解いとくからそこから逃げ出してね」
こうして半ば強制的に鬼ごっこが始まったのであった。
参
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まだ20パーセントくらいしか力出して走ってねぇのに息が上がる。最近煙管の吸いすぎと酒の飲みすぎでだらけてるから自分でもわかるくらい体力が落ちている。
「10! 9! 8! 7! 6……」
そんな大声のカウントダウンが院内に響いてる。きっとゼロになったら玉藻前が俺達を捕まえに、いや、殺しにくる。
こんなスリル満点の鬼ごっこなんて生まれて初めてだ。
「僕達相手に10秒も逃げる時間をくれるなんて優しいですね」
楽しそうに目を輝かせながら言ってくる茨木。
普段真面目な茨木だからこそこういうお遊びはあまりしたことないのだろう。
「俺もそんな風に楽しみてぇよ」
俺が横目で茨木をみて言うと茨木はキョトンとした表情を浮かべ小首を傾げた。
おい。その純粋無垢な瞳やめろ。なんも言えなくなる。
「あ! ちょっと待て」
俺は不意に立ち止まり、茨木も数歩先で止まってくれた。
「このタンポポ……綺麗だな」
そっと、地面に生えていたタンポポに触れ懐の中に入れといた。
「何やってるのですか? 早くしないと玉藻前が来ちゃいますよ」
「わぁった。今行く」
そう言って俺は茨木の後を追った。
「いーちっ! ぜろっ! さぁ、探しに行くから待っててね?」
ワイワイしていたら数え終わってしまっていて院内全体に玉藻前の声が響く。
あいつ、どんだけ声でけぇんだよ。
それに、ある程度の所まで走ってきたけど……不安しかない。
あいつの事だ、おおかた色んなところに狐火を忍ばせてそれをたどってくるのだろう。
どうしたものか……
「これからどうしますか?」
俺が考えていると、茨木が俺に聞いてきた。
「俺に作戦がある」
「作戦?」
「あぁ。俺達は鬼だ。だから、俺達がこのゲームの鬼になってやんだよ!」
俺がそう言うと茨木はニッコリ頬笑みまた走っていった。
こいつ、ぜってぇ今心ん中で何言ってんだこいつとか思っただろ! すぐわかるわ!
肆
「なるほど。つまり、僕達はあくまで玉藻前を捕まえに来た。だから、逃げずに立ち向かうって事ですね?」
「そういう事だ」
あれから、茨木にはどうにか説明しておよそ10分程度で理解してもらえたようだ。
ふっ……ちなみに俺の説明最高記録は1時間だぜ。全然理解してくれなくて半泣きになりながら茨木に説明してたのを今でも鮮明に覚えてる。
ただ単純に俺の語彙力がない訳では無い。こいつの理解力が壊滅的なのだ。
俺達はこれ以上特に隠れも逃げもせずに待ち構えているとカタッカタッという下駄の足音が聞こえ、玉藻前のシルエットが見えてきた。
来た……っ。
俺達は集中力を高め、妖力をめいいっぱい上げる。
相手の迷いの無い足取りから見るともう既に俺達の居場所は把握済みって感じだよな。
「あれれ? 逃げなくていいの〜?」
「おう。危うくお前に流されるとこだったぜ」
今更ながらこいつの知能の高さに少しだけ恐怖を覚え、冷や汗が頬を伝った。
「どういうこと?」
「俺達はこの院内から出られれば勝ちなんだよな? つまり」
「つまり、ここから出られないから勝ち目はないってことですか!」
「うん。違うから口を挟むな茨木」
丁度いいところで口を挟まれなんとも言えなくなってしまいもどかしい。
俺は切り替えるようにゴホンっと1度咳払いをして言った。
「俺が言いたいのはつまり、俺達が逃げようが俺達がこいつに殺されようが、こいつには微塵もデメリットはねぇんだよ」
玉藻前は図星だったのか眉をひそめ、茨木は「おぉ!」と感嘆の声を上げている。
茨木さんや。秀才キャラはどこいった? 確かに、お前は部下としては優秀のくせにそこまで頭良くねぇが、キャラ保てや。
俺が心の中でツッコミを入れていると、玉藻前は顔を顰めたまま言ってきた。
「でも、だからといって君達はどうすることが出来るの?」
「お前を地獄の旅へお連れすることが出来る」
俺は腰についた刀の柄を握り、いつでも攻撃出来る体制に構えた。
茨木も俺と同じように腰についた刀の柄を握った。
「ふふっ……面白い。日々、人間やら妖やらを食って力をつけていった僕に真っ向勝負を挑もうだなんて片腹痛い。でも、君達なら潰しがいがありそう」
中二病……じゃなくて、玉藻前は舌なめずりをして完全に妖狐の姿へと化けた。
普段は狐の耳に尾が1本だが、本来は狐の耳に尾が9本。そして、瞳が猫のように縦長になり、爛々としている。
ほぉ……本気モードってか。じゃあ、俺も本気出さねぇとな。
俺も負けじと刀を抜き俺の妖術である炎を刀に纏わせた。
こいつには鬼の恐ろしさをじっくりとわからせてやらねぇと。
伍
玉藻前が炎の妖術で攻撃し、俺はひたすら避けた。
茨木は遠距離から妖術で攻撃しているがそれもなかなか当たらない。
やはり普段から人間を食べてるせいか昔よりもかなり強くなってる。
それに……妖術はまだいい。だけど、たまに攻撃してくるこいつの爪が1番怖い。
「おいおいおいおい。酒呑童子さんよ〜? さっきまでの威勢はどこいった〜?」
「お前はどっかのチンピラかよ!」
俺の傍にまとわりついてる炎を一振りで全て消し去り玉藻前に向かっていくが刀を振った時に物理攻撃が来たため避けてまたリセット。こいつ自身にはなかなか攻撃をあてられない。
「酒呑! 僕が代わります!」
「いや、いい。俺がや……っ!?」
……あ。
「僕相手に無駄話だなんて余裕だね」
つい、集中力を切らしてしまい、その隙を狙われたみたいだ。胸に地味な痛みを感じ恐る恐る胸元を見てみると爪がぶっ刺さってた。
や、やべぇ……
「酒呑!!」
「ん……ぐっ……」
俺の意識とは裏腹に身体が大きな石が乗ったかのような重力がかかり無意識に膝をついてしまった。口の中に違和感を感じ、吐き出すと血の塊が出てきて鼻から鼻血がポタポタと流れてくる。
玉藻前はそんな俺を見てニタニタと気味の悪い笑顔をうかべている。
「君も警戒してた通りこの爪には毒が付いてるんだよね。ふふっ」
「ど、毒ですか!? 酒呑!!」
茨木が焦った声を上げて駆け寄ってきてる気がする。
ラリってるのか視界がぐわんぐわん揺れていて実際のところ茨木が駆け寄ってきてるのかわからない。もしかすると、玉藻前がトドメを刺しに走ってきてるのかもしれない。
「ふっ……ははっ……玉藻前、お前に殺されんならいいわ。早くとどめ刺せよ」
俺が力なく言うと頭上から声が降ってきた。
じゃあ、俺の近くに来たのは玉藻前、か。
「さすが鬼の大将。潔がいいね」
そう言って上から何か振り落とされる気配がした。
「酒呑!!」
茨木のつんざく悲鳴が聞こえ、俺はパッと手を上げて降ってくる何かを掴んだ。
「な、なんだ……?」
予想外の展開に玉藻前は困惑している。
「ばーか。この俺様がお前ごときで白旗上げると思ったのか?」
俺が麻痺した表情筋を無理やり動かせてニンマリ笑うとぼやけた視界の中でも玉藻前の焦った顔が見える。
俺は何かを掴んだままあいてる手で懐に潜めていたタンポポを取り半分だけ食いちぎった。
「酒呑が……頭いかれてしまいました……タンポポ食べるとかありえないですよ。それに、白旗既に上げてたじゃないですか。頭大丈夫ですかね」
ちなみに、1番衝撃を受けていたのは茨木。
かなりでかい声で独り言呟いてた。というか、俺の悪口を呟いてた。
「お前……なんで動けるんだ……僕の毒をまともに食らって……」
「動けねぇよ。今だってギリギリだ。でもな……」
ここで少し間をあけて俺は大きく息を吸った。
「ーー俺は、獄卒の頭だ! こんな所でへばってちゃ、下のやつらを見下せねぇ!」
「いいこと言うかと思ったらかなり最低なこと言ってますよ! この鬼!」
茨木のツッコミは無視して俺はそのまま手から出した火の粉を撒き、視界を奪うとすかさず茨木が手から出したツルで玉藻前を縛りつけた。
「いっちょ上がり!」
俺が手をはたいていると玉藻前は「くっくっく」と中二病くさい笑い声を上げた。
「僕がここで引き下がるとでも? 僕は絶対に屈しない! 絶対に働かない!」
「堂々とニート宣言すんじゃねぇ!」
俺が項の部分をチョップすると、玉藻前は白目を向いてバタッと倒れた。
よし。これで静かになった。
「酒呑、毒は大丈夫ですか?」
「ん? あぁ。これのおかげでな」
俺は半分だけになったタンポポを茨木に見せた。
「タンポポですか?」
「おう。タンポポは毒消しの役割があんだ。だから、これ食べてアドレナリンで復活だぜ!」
俺が両腕を上げて元気なことをアピールすると茨木は安堵の笑みを浮かべた。
「さすが。バカは毒は効かないっていいますしね」
「それを言うならバカは風邪ひかないだ! 毒は効くだろ! あと、バカはお前の方だ! 収拾できないツッコミさせんな!」
玉藻前を倒したことによってバリアが全部無くなり、なんやかんやで地獄に帰ることが出来た。
終章
閻魔に玉藻前の身柄を預けた後、俺と茨木と閻魔で俺の今回の活躍を語る会が始まった。
「閻魔、今回のお前の判断は見直したぜ」
俺が珍しく閻魔を褒めると閻魔は苦笑を浮かべながら自身の頭をかいた。
「いやぁ、まさか玉藻前がいるとは思ってなかったのじゃ」
「「はい?」」
衝撃な言葉に俺と茨木は思わず聞き返してしまった。
「最近、『獄卒達が1番上がまともに仕事しないからそろそろさせて下さい!』って言ってきたから……ちなみに、茨木童子は酒呑童子の巻き込みをくらっただけじゃよ」
……あんのぉ……くそ鬼共……
めちゃくちゃいい感じに終わろうとしたのに、思わぬカミングアウトで俺のテンションはだだ下がりした。
その後、俺のパワハラが数年間続いたというのはまた別のお話で。