第1話 JETSTREAM
『ーあなたの声、うちの声楽部じゃ無理よ?退部して!』
『カエルみたい』
『絞め殺された鳥だろ?』
そして巻き起こる、嘲笑の渦ーー…
「呪いだ…」
柔らかな春の陽射しが降り注ぐ。自室で目覚めたみちるは、青ざめた顔でポツリと呟いた。
頭のすぐ脇に置いていたはずの、カエルとひよこのヌイグルミ。
その顔面に、ベッドの上で一回転した自分の両足が、見事にヒットしていたからだ。
(ごっ…)
「ごめんねぇぇ!痛かったよねぇ」
踵落としを食らった歪みきった顔で、それでも笑みを絶やさずにいることがまた痛々しい。自分の犯した罪に半泣き状態になりながら、みちるは慌てて「彼ら」を抱き寄せた。
全く、自分でも呆れる程の寝相の悪さだ。
「花の女子高生だってのに…」
弱々しい声で独りごち、ふと顔を上げる。
と、同時に、部屋の隅に掛けた真新しい制服が、新品特有の神々しい光を放ってみちるの目を奪った。
(…さすが新品!)
途端に、悄然とした気分は吹き飛び、自分の表情が緩んでいくのを感じる。
こうして眺めては、何度口元を綻ばせた事だろう。
上品なチャコールグレーのブレザーに、チェックのスカート。首元にはブルーのリボン。自分のテンションを上げる、いま最高のアイテムだ。
…強いて言えば、リボンは他にピンクもあり、そっちを選びたかったのだが…似合わなかった。あくまで「あまり」だが。
(まぁ、想定内と言うべきか…)
寝癖で乱れた頭をポリポリと掻き、抱えていた2つのヌイグルミを元の位置に戻す。その様を、正面の姿見がまざまざと映し出していて、みちるは手を止めた。
寝起きのせいか、いつもはもう少しクルリとした二重の瞳はショボショボしている。尖った小鼻の先もどこかでぶつけたのだろう、赤くなって擦り剥けていた。
(うっわ、ヒドッ)
さすが、母親に『女子力ゼロ』と、揶揄されるだけの事はある。
ついでに言えば、背の丈も女子の平均より少し高く、髪は年中ショートカット。そんな風貌からか、着る服によっては、『可愛らしい男の子』と、あまり嬉しくない間違いを起こされる事もしばしば。
…制服オーダーで青いリボンを選んだのは、やはり賢明な選択だ。間違いない。
(大体の女子は、ピンクにしてるっていうけどね…)
それでも満足はしている。市内では人気も高く有名な伝統校・私立青陵学園に入学出来たのだから…。
青陵の、声楽部に行きたい。
その夢を叶える為、必死でこの受験戦争を乗り越えて来たのだ。
入学したのは10日前。そして今日は、ついに夢にまで見た憧れの青陵学園・声楽部を見学するはずたったのだが、季節の変わり目だからか環境の変化からか、持病の喘息が出てしまい、学校自体を欠席するという有り様だ。
勝負の日だというのに、我ながら情けない。
一緒に見学する約束をしていた新しいクラスメイト・森下香奈からはお見舞いのラインが来ていた。気にしなくていいからと。
本当にいい声。綺麗なソプラノ。
歌を歌うと、いつも皆んなに褒められたし、歌うことが大好きだった。
その時だけ、女の子らしくいられた。
「あ…」
再びベッドに転がると、サッシの向こう、
一面に広がった薄青色の真昼の空に、一機の飛行機が飛んでいる。
その軌跡を辿るように続く、長い白線。
『長くたなびく飛行機雲は、天気が崩れる予兆です』
(いつか誰かが言ったな、そんなハナシ)
飛行機雲なんて、特に珍しい訳でもない。けれど何故だろう…胸の中で何かが引っかかるような感覚に、みちるは首を傾げた。
(胸騒ぎっていうのかな…)
それは今まで感じた事のない、えも言われぬ奇妙な感覚。一抹の不安を抱きながら、窓の外に広がる光景にみちるは暫く目が離せずにいた。
『ーあなたの声、うちの声楽部じゃ無理よ?退部して!』
『カエルみたい』
『絞め殺された鳥だろ?』
そして巻き起こる、嘲笑の渦ーー…
「呪いだ…」
柔らかな春の陽射しが降り注ぐ。自室で目覚めたみちるは、青ざめた顔でポツリと呟いた。
頭のすぐ脇に置いていたはずの、カエルとひよこのヌイグルミ。
その顔面に、ベッドの上で一回転した自分の両足が、見事にヒットしていたからだ。
(ごっ…)
「ごめんねぇぇ!痛かったよねぇ」
踵落としを食らった歪みきった顔で、それでも笑みを絶やさずにいることがまた痛々しい。自分の犯した罪に半泣き状態になりながら、みちるは慌てて「彼ら」を抱き寄せた。
全く、自分でも呆れる程の寝相の悪さだ。
「花の女子高生だってのに…」
弱々しい声で独りごち、ふと顔を上げる。
と、同時に、部屋の隅に掛けた真新しい制服が、新品特有の神々しい光を放ってみちるの目を奪った。
(…さすが新品!)
途端に、悄然とした気分は吹き飛び、自分の表情が緩んでいくのを感じる。
こうして眺めては、何度口元を綻ばせた事だろう。
上品なチャコールグレーのブレザーに、チェックのスカート。首元にはブルーのリボン。自分のテンションを上げる、いま最高のアイテムだ。
…強いて言えば、リボンは他にピンクもあり、そっちを選びたかったのだが…似合わなかった。あくまで「あまり」だが。
(まぁ、想定内と言うべきか…)
寝癖で乱れた頭をポリポリと掻き、抱えていた2つのヌイグルミを元の位置に戻す。その様を、正面の姿見がまざまざと映し出していて、みちるは手を止めた。
寝起きのせいか、いつもはもう少しクルリとした二重の瞳はショボショボしている。尖った小鼻の先もどこかでぶつけたのだろう、赤くなって擦り剥けていた。
(うっわ、ヒドッ)
さすが、母親に『女子力ゼロ』と、揶揄されるだけの事はある。
ついでに言えば、背の丈も女子の平均より少し高く、髪は年中ショートカット。そんな風貌からか、着る服によっては、『可愛らしい男の子』と、あまり嬉しくない間違いを起こされる事もしばしば。
…制服オーダーで青いリボンを選んだのは、やはり賢明な選択だ。間違いない。
(大体の女子は、ピンクにしてるっていうけどね…)
それでも満足はしている。市内では人気も高く有名な伝統校・私立青陵学園に入学出来たのだから…。
青陵の、声楽部に行きたい。
その夢を叶える為、必死でこの受験戦争を乗り越えて来たのだ。
入学したのは10日前。そして今日は、ついに夢にまで見た憧れの青陵学園・声楽部を見学するはずたったのだが、季節の変わり目だからか環境の変化からか、持病の喘息が出てしまい、学校自体を欠席するという有り様だ。
勝負の日だというのに、我ながら情けない。
一緒に見学する約束をしていた新しいクラスメイト・森下香奈からはお見舞いのラインが来ていた。気にしなくていいからと。
本当にいい声。綺麗なソプラノ。
歌を歌うと、いつも皆んなに褒められたし、歌うことが大好きだった。
その時だけ、女の子らしくいられた。
「あ…」
再びベッドに転がると、サッシの向こう、
一面に広がった薄青色の真昼の空に、一機の飛行機が飛んでいる。
その軌跡を辿るように続く、長い白線。
『長くたなびく飛行機雲は、天気が崩れる予兆です』
(いつか誰かが言ったな、そんなハナシ)
飛行機雲なんて、特に珍しい訳でもない。けれど何故だろう…胸の中で何かが引っかかるような感覚に、みちるは首を傾げた。
(胸騒ぎっていうのかな…)
それは今まで感じた事のない、えも言われぬ奇妙な感覚。一抹の不安を抱きながら、窓の外に広がる光景にみちるは暫く目が離せずにいた。